米国のマーケティング関連企業Resulticksが先日発表した調査結果(英語)によると、現在マーケティング業界で最も過大評価されている用語は「人工知能(AI)」だそうです。「ビッグデータ」「オムニチャネル」「リアルタイムマーケティング」「パーソナライゼーション」といった今をときめくバズワードを抑え、第1位に躍り出ています。


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Resulticksのウェブサイト「Marketing Flab to Fab Challenge(マーケティングのシェイプアップチャレンジ)」より抜粋

(皆さんも「ビッグデータとAIを活用してオムニチャネルのリアルタイムマーケティングのパーソナライゼーションを実現します」なんてキャッチコピーを見かけたこと、ありますよね?)

ですから、「AI」という単語に懐疑的になってしまうのも無理はありません。ガートナーが毎年発表している「先進テクノロジのハイプ・サイクル」でも、マーケティング分野のAIは既にピーク期を迎えており、まもなく幻滅期に入るのではないでしょうか。

私の実感としては、ハイプ・サイクルのペースは全体的に速くなっています。ピーク期から幻滅期へ落ちるまで、1年もかからないことも珍しくありません。しかし、今回取り上げるのは別のテーマです。

2018年1月、「The one thing that everybody forgets about Gartner’s hype curve(ガートナーのハイプ・サイクルに関してだれもが忘れていること)」の記事にも書いたように、サイクルのアップダウンは激しくなっているものの、基盤のテクノロジーは着実に進化を続けています。

AIが私たちの代わりにマーケティング活動を行うことはありません(おかげで失業せずに済みそうです)。Alexaが正しいマーケティング戦略を魔法のように教えてくれることもありません。巨大な脳によって意識を持つようになった「汎用人工知能」のビジョンは、今のところSFの域にとどまっています。

それどころか、Googleのディープ ラーニング エンジニアのFrançois Chollet氏が書いているとおり、汎用人工知能が存在し得るかどうかについてもまだ結論は出ていません

「汎用」の知能などというものは存在しません。この点について概念的に理解するには、ノーフリーランチ定理を思い出すとよいでしょう。これは、起こり得るすべての問題について、偶然よりも優れた問題解決アルゴリズムは存在しないという理論です。

知能が問題解決アルゴリズムであるなら、そのアルゴリズムは特定の問題に対してのみ効果を発揮します。実際、私たちを取り巻くあらゆるインテリジェントシステムが何らかの用途に特化されていることは、皆さんもきっとご存じでしょう。

現在開発されているAIは、囲碁を打ったり、あらかじめ設定された10,000のカテゴリーに画像を分類したりと、非常に限られたタスクのために特別に設計されています。 タコの知能は、タコとして生きるうえでの問題を解決することに、人間の知能は、人間として生きるうえでの問題を解決することに特化しているのです。

しかし皮肉なことに、この先1~2年のマーケティング分野におけるAIの活躍が誇張されている一方で、AIがマーケティングの世界で既に実用化されているという現実は、見落とされていることが少なくありません。

 

AIの実用例

2017年の記事の中でも特に気に入っているのが、英国のマーケティング企業CituのRobert Allen氏による「15 Applications of Artificial Intelligence in Marketing(マーケティング分野における15のAI活用例)」というすばらしい記事です。下図にあるように、既に実用化されているAIの例がいくつも紹介されています。

AI2Robert Allen氏の記事「15 Applications of Artificial Intelligence in Marketing(マーケティング分野におけるAIの15の活用例)」より抜粋

Allen氏が紹介している活用例の大半は、次の3種類のうちいずれかのAIを基盤としています。

  1. 機械学習
  2. 傾向スコア分析
  3. 自然言語処理(NLP)

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映画で描かれるスーパーマシンのようなAIは、この中に1つもありません。

この3つは基本的に、パターンを検出し、マッチングして、外挿法により結果を予測する統計的アルゴリズムです。

似たようなものとしては、オートコンプリート機能が挙げられます。

つまり、数学の産物であり、魔法ではないのです。

こうしたAIを実用化しても役に立たないと言っているのではありません。逆に、データ量が増え、処理速度も向上している今、このようなアルゴリズムはきわめて有効でしょう。

たとえば、リードスコアリングでは、人間による処理や固定されたルールベースのヒューリスティックよりも、機械学習と傾向スコア分析のほうが効果的です(売上が27%増加したという導入事例もあります)。

言ってみれば、機械学習とは高速かつ大規模な統計処理にすぎません。それでも、大きな力を発揮するのは確かです。

米国の投資会社Redpoint Venturesのベンチャー投資家Tomasz Tunguz氏は、先日公開した「How To Identify A SaaS Market That Machine Learning Will Disrupt(機械学習によって破壊的変革を遂げるSaaS市場を見極めるには)」という記事の中で、次のように述べています。

SaaS業界全体を見てみると、機械学習が最も多く活用されているのは効率化、つまり、大量の定型プロセスを自動化し、コストを削減することが目的です。

したがって、機械学習を中心とするSaaS企業を目指すなら、特にコストがかさんでいる内部プロセスを特定して自動化しましょう。

同様に、自然言語処理(NLP)も間違いなくすばらしいテクノロジーであり、チャットボットの対話型インターフェースや音声アシスタントの基盤として利用されています。

しかし、いつのまにか平凡なソフトウェアテクノロジーとして埋もれてしまっているようです。下図は、ほとんどの「AIチャットボット」の基盤にあるテクノロジースタックについて解説したChatbots Magazineの記事(英語)から引用したものです。

AI4チャットボットの仕組み(Chatbots Magazineより抜粋)

自然言語処理のコンポーネントも、機械学習に適用されているほとんどのアルゴリズムも、メッセージングプラットフォームに組み込まれていたり、クラウドサービスで安く調達できたり、オープンソースのツールキットとして入手できたりするなど、今ではだれもが簡単に利用できます。

チャットボットの面白い点は、「アクション」と「情報ソース」によって、差別化と競争力の強化を達成しているところです。いかに独自性のあるデータとサービスを揃えられるかが、AIを最大限に活用するためのカギとなります。

「優れたAIを作るには優れたデータが不可欠」という事実は、いくら強調しても足りません。

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これは、現在のマーケティングにAIを活用するうえで最も大きな課題です。

残念ながら、今でもほとんどのマーケティングシステムは十分なデータ品質を確保できていません。

米国のマーケティング調査会社Demand Gen Reportが最近公開したレポートによると、B2Bマーケティング担当者の83%データの古さに不満を抱いています。

また、データ品質改善のための効果的なプロセスを導入する時間やリソースがないという回答も71%に達しており、この問題が早急に解消される見込みはあまり高くなさそうです。

機械学習のアルゴリズムがいくら優れていても、低品質のデータしか利用できなければ、満足のいく回答は得られません。

また、機械学習のアルゴリズムというブラックボックスの中身を理解していないと、その回答が間違っていても気付くことができません。こうした状況で、十分な成果を得られることはないでしょう。

(データがサイロ化しているという回答がわずか36%だったのも興味深いポイントです。MarTech(マーテック)のマイクロサービスとAPIに関して私が実施している調査(英語)によると、マーケティングシステムと営業システムの接続とデータ共有はますます進んでいます。

しかし、データの質が低ければ、統合しやすくなった分、結果はさらに悲惨なものになります。たとえるなら、インフルエンザにかかった子供を学校に送り出すようなものです。バスに乗せる手間はほとんどかかりませんが、周囲のだれもが感染のリスクにさらされてしまいます)

AIに利用するデータの品質問題は、マーケティング以外にも波及します。

質の低いデータが意図的に使われる場合もありますが、AIの専門家やデータサイエンティストらが近年さまざまな記事で指摘しているとおり、質の低いデータを使うことによって、広範囲にわたってリスクや悪影響が見られるのです。

この点については「The real danger of artificial intelligence — it’s not what you think(本当は危ない人工知能 - その意外な危険性)」という記事が、不安を煽る論調ではあるものの、よくまとめています。この記事には、次のような行為によってAIが「害悪や差別をもたらす」ようになると書かれています。

  • バイアスのかかったデータや質の低いデータを使用してモデルをトレーニングする
  • ルールを厳密に定義しないまま使用する
  • コンテキストを無視して使用する
  • フィードバックループを作成する

この問題をさらに掘り下げているのが、MITメディアラボのリサーチサイエンティストRhaul Bhargava氏の「The Algorithms Aren't Biased, We Are(バイアスがかかっているのはアルゴリズムではなく、私たち自身)」という記事です。

同氏は機械学習について「どんな教科書を使い、だれが教師を務めるかこそ、最も重要な問題だ」と述べ、その理由を説明しています。

また、米国の科学雑誌『Scientific American』の「How to Hack an Intelligent Machine(インテリジェントマシンをハッキングする方法)」という記事では、不適切なデータを意図的に使って「スマートなシステムを、ただのゴミを量産するシステムに変える」ハッカーの手法を説明しています。

他にも、米国の電気工学技術の学会誌『IEEE Spectrum』の「Slight Street Sign Modifications Can Completely Fool Machine Learning Algorithms(道路標識に少し手を加えるだけで、機械学習のアルゴリズムを完全に騙す)」では、タイトルどおりの処理を実践する例として、パンダをテナガザルと誤認識させる方法を紹介しています。

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データ品質とデータセキュリティーは、マーケティング担当者にとっての相関性のある課題として広く認識されるようになりました。

ここで言うデータセキュリティーとは、悪意を持った人物がデータを盗難するのを防ぐだけでなく、不適切なデータをシステムに流入させ、機械学習マーケティングシステムの判断を意図的に狂わせるのを防ぐことも含まれます。

 

大切なのはデータ

何はともあれ、最も重要なのはデータです。それを踏まえたうえで、機械学習はもちろん、アルゴリズムを活用したあらゆるマーケティングに関して覚えておいていただきたいのは、今回取り上げたAIテクノロジーの動作速度が爆発的に上昇しているという驚くべき事実です。

データサイエンスやスタートアップ支援に携わるカナダの講演家Alistair Croll氏は、先日公開した「It’s the Automation(これが自動化)」という記事で、「私たちはAIと自動化を組み合わせることのリスクを覚悟すべきです。自動化の強みはアルゴリズムではなく、Attention(重要ポイントに注目する手法)を徹底的に並列処理できる点にあります」と述べています。

そして、あるAIシステムがわずかな時間で有名なチェスソフトウェアを倒したことについて、次のように指摘しています。 

驚くべきは、AIがチェスソフトウェアに勝ったことではなく、4時間で1,228,800,000の試合を戦ったことです。

これが最適化やシミュレーションに利用されれば、その速度と規模は今までとは段違いになります。

実際にマーケティングに導入した例として、SEOチーム向けのAIプラットフォーム「Market Brew」をご紹介しましょう。

通常であれば、SEOの担当者はウェブサイトに変更を加えた後、Googleの検索ランキングにどのような影響があったかを確認するまでに最大60日間待つ必要があります。

ところが、Market BrewのAIエンジンは、自動でウェブをクロールし、「もう1つのGoogle」を構築してしまうのです。さらに機械学習を利用して、Googleのサイトランキングをほぼ正確に再現したモデルを構築します。このモデルを継続的に更新することで、Googleのアルゴリズムの変更を取り込んでいきます。

そして、SEOの担当者がウェブサイトの変更案をMarket Brewに入力すると、その変更がランキングに与える影響をMarket Brewが90分以内に予測してくれます。これは非常に感動的です。

それでも、Market Brewのモデルは現実とまったく同じというわけではなく、よく似たものを再現しているにすぎません。

だからこそ、AIと人間の力を融合させることについて、大きな期待が寄せられているのです。AIと人間がそれぞれ単独で動くよりも、人間がAIアルゴリズムを活用したほうが優れた成果が得られます。

アクセンチュアのFjord Trends 2018のレポート(英語)でも、AIのみ、人間のみ、AIと人間という3つの条件でがんの発見精度を比較しています。

AI7アクセンチュアの「Fjord Trends 2018レポート」より抜粋

人間は、まだ機械学習のアルゴリズムでは処理できない、「文脈」や「常識」を踏まえて物事を判断することができます。

一方AIは、驚異的な計算制度とコンピューティング能力によって問題を解決でき、人間の知能では到底太刀打ちできません。

人間とAIが協力することで、大きな成果を生み出すことができます。そして、この協力によって生まれる可能性を最大限に引き出す方法を見つけられれば、今後数年間のマーケティング分野における重要なブレークスルーとなるでしょう。

the future of marketingのCTA

元記事発行日: 2019年5月19日、最終更新日: 2019年10月29日

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