日本にインターネット通販(電子商取引、Electronic Commerce、Eコマースなど。以下、EC)が登場してからおよそ20年、「インターネット上でモノを購入する」という行動はごく一般的なものとなりました。
物販におけるEC市場規模はすでに百貨店を超えており、コンビニの市場規模と並ぶ10兆円規模にまで拡大。登場した当初は専門的なITの知識と技術がなければEC事業に手を付けられなかったものの、多くの成功事例の積み重ねや技術の進化によって、小売の大手企業やメーカーだけでなく、個人事業規模のプレイヤーまで参入できるようになりました。
もはや、ECに取り組まないと消費者に置いていかれてしまうと言っても過言ではありません。今回はECに取り組む前に抑えておきたい、EC市場の概観についてを解説していきます。
まずは、ECの定義を確認しておきましょう。ECと聞くとどのようなイメージが浮かぶでしょうか?オンラインストアや通販など、実店舗以外で商品を売買する場、と思われる方がいるかもしれません。実店舗以外での売買といえば、テレビ通販やカタログ通販なども含まれますが、それらはECには含まれません。では、「EC」とはどのような形態を指すのでしょうか。
経済産業省の『電子商取引に関する市場調査』によれば、「受発注がコンピュータネットワークシステム上で行われること」がECの要件となっています。ネットワークを介した取引であればECなので、「代引き」など、支払いがリアルの場で、現金で行われても「EC」に含まれます。
一方で、テレビ通販やカタログ通販と明確に区別をするために、受発注の指示が電話やFAX、書面で行われたものは「EC」には含まれません。また、メールでの受発注の指示も提携のフォーマットが使われない場合は「EC」とは認められていません。
人口減少で内需が低下し、日本全体の景気が後退しています。印刷・出版市場やアパレル小売市場など、さまざまな市場がマイナス成長に陥るなか、EC市場は毎年成長を続けてり、年々存在感が増しています。この章では、EC市場の主な成長要因を見ていきます。
まず挙げられる要因はスマートフォンの普及です。EC市場全体の中でスマートフォンによる取引は全体の35%ほどではあるものの、Amazonや楽天と言った大手ECモールでの購入のうち、およそ60%以上がスマートフォン経由であるとされています。(参考:『EC戦略ナビ 成長市場の「いま」と「これから」がわかる!』株式会社いつも、滝口 直樹)
これまでPC向けのサイトのみを手掛けていたEC事業者も、今後はスマートフォンからの流入を想定したデザインやコンテンツ作りが必須であると言っても過言ではありません。
その一方、BtoBの場合はPCユーザーからの利用も重要であるため、顧客や自社商材によって使い分けていきましょう。
EC事業者と消費者をつないでいるのはインターネットだけではありません。購入された商品を消費者の手元にまで届ける「物流」もECにおいて重要な存在であり、「物流」の効率化、合理化がEC市場の成長にもつながっています。
注文後、一日でも早く正確な日時に、かつ商品を傷つけずに配送される安心感が、EC普及に一役買っていると言えそうです。物流向けに開発されたIoTプラットフォームやAmazonの大規模な物流拠点、宅配ボックスやコンビニ受け取りの普及が、その具体的な例として挙げられます。
しかしその一方で、急拡大するEC需要に現場の配送業者のリソースが対応することができず、「宅配クライシス」と呼ばれる人手不足問題も起きています。
企業と個人消費者の売買であるBtoCのECだけでなく、昨今は個人間取引と呼ばれる「CtoC」のEC市場も成長しています。フリマアプリ最大手の「メルカリ」を始め、物販領域では「ヤフオク!」「ラクマ」が、スペースシェアでは「AirBnB」や2019年に上場を果たした「スペースマーケット」、他にもカーシェアやスキルシェアなど、CtoC市場は多様化の傾向にあります。2019年のCtoC市場は1兆円以上もの市場規模であり、モノ消費からコト消費への流れも追い風となって、ますます今後の成長が期待されています。
(参考:『令和元年度 内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業(電子商取引に関する市場調査)』経済産業省, 商務情報制作局 情報経済課 )
世界のEC市場規模は前年比20%を超える成長率を保っており、2021年にはおよそ530兆円規模にまで拡大すると予測されています。
ECの流通金額がもっとも大きい企業は中国のアリババグループであり、実はAmazonではありません。主要なECサイトでは、Alibabba傘下の「TMALL(天猫)」よ、JD傘下の「JD(京東商域)」の2大マーケットプレイスだけで、約8割以上のシェアを握っています。(参考:『海外ECハンドブック 2019』, トランスコスモス株式会社)国別で比較しても中国のEC市場規模は世界の中でも群を抜いており、2017年時点で世界1位、かつ2位のアメリカの市場規模の倍以上の市場規模になっています。
世界のEC市場規模は、中国、アメリカ、イギリス、日本、ドイツ…の順となっています。市場規模こそ4位という上位にある日本ですが、EC市場規模の成長率は前年比一桁代の6%と、他国と比較しても低い水準となっています。最近では中国と地政学的にも距離が近い東南アジアのEC市場の成長が著しく、前年比で50%を超えている国も珍しくありません。
こうしたEC普及の偏りは、その国におけるクレジットカードやオンライン決済サービスの浸透と深く関係があるようです。日本におけるオンライン決済というと、利便性の向上を原動力に推進しようとする動きが強い傾向にあります。一方、ECが急速に普及している中国や東南アジアでは、利便性の向上というよりも、差し迫った理由があります。それは、現金と、現金決済への信頼性の低さ。偽造紙幣が広く流通しており、紙幣は信用できない国民が多く、その前提があるからこそキャッシュレスに流れやすくなった向きがあります。
また、国の政策として高額紙幣が廃止されたり、クレジットカード端末の設置が’義務化されたりと、キャッシュレス推進への取り組み方にも違いが現れています。
世界第4位の規模を誇る日本国内のEC市場。経済産業省の調査データによると、2019年時点で前年比7.65%増であり、19兆36,09億円となっています。百貨店の市場規模が5.4兆円、コンビニ市場が11兆円規模であり、両者を足した市場規模よりも大きいことがわかります。(参考:『令和元年度 内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業(電子商取引に関する市場調査)』経済産業省, 商務情報制作局 情報経済課)
国内EC市場の内訳はどのようになっているのでしょうか。最も大きい分野が物販系分野で、全体の50%を超える10兆円、次にサービス系分野で7兆円、デジタル系で2兆円規模となっています。物販系ではファッション・衣服が最も流通金額が大きく、次いで食品、飲料となっています。
日本のEC市場を分析する上で欠かせない存在が「ECモール」です。現在日本のECモールは「楽天市場」と「Amazon」の2強状態となっています。「楽天市場」の流通金額が3兆8,000億円、「Amazon」が3兆4,200億円となっており、どちらも3兆円を超える巨大市場です。
続いて3位以下の流通金額は1兆円以下ではあるもの、それぞれ独自の分野や世界観を強みにしています。3位以下は順に、検索エンジンを後ろ盾にもつ「Yahoo!ショッピング」と「ヤフオク!」、フリマアプリの「メルカリ」、ファッションEC最大手の「ZOZOTOWN」と続きます。
このECモールの順位から、スマホ利用による購入が増えているということが読み取れます。ほとんどのECモールはスマホ画面の最適化、使いやすいアプリサービスを提供していることが特徴です。実際に大手ECモールの流通総額の65%はスマホ経由とされており、今後ECサービスを始める上でスマホ対応は欠かすことのできない要素であると言えます。
経済産業省の定義から引用すると、EC化率とは「すべての商取引金額(商取引市場規模)に対するEC市場規模の割合」のことを指しています。つまり、オンライン・オフラインすべての取引金額のうち、オンライン(電子商取引)が占める割合のことです。
このEC化率の数字を見ることで、ECサービスが参入できる余地があるかどうか、その伸びしろを推測できます。EC化率が低ければ、まだまだオフラインによる取引が多く、デジタル化が進んでいない市場であると言え、新規参入のチャンスがあるといえるでしょう。その一方で、法規制や古くからの商習慣、技術的に高いハードルなど、EC化を妨げている要因があることも意識しておくべきです。
紙の伝票やFAX、電話での受発注など、BtoBにおけるEC化は遅れているイメージがあります。しかし実際の数字をみてみる、2019年のBtoCのEC化率は、31.7%、昨年比で+1.5%の成長となっており、全商取引のうち1/3近くがEC化している計算になります。BtoC市場のEC化率は10%を超えていないことを考えると、予想外だと感じるのではないでしょうか。
この背景には、「EDI(Electronic Data Interchange)」の数字がECに含まれていることが影響しています。「EDI」とは企業間の「電子的データ交換」、つまり受発注や出荷・納品、請求と支払うのシステムの処理を専用の回線でつなぎ、自動化された仕組みのこと。
EDIを導入することのメリットは、これまで人の手で行っていた受発注や伝票の送付を一気に効率化することができることで人件費やコストを抑えることができること、ヒューマンエラーを防ぐことが挙げられます。また、取引の履歴データを分析し、新しい施策につなげていくことで顧客サービスの向上につなげることもできます。
(出典:
『令和元年度 内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業(電子商取引に関する市場調査)』経済産業省, 商務情報制作局 情報経済課
『EC戦略ナビ 成長市場の「いま」と「これから」がわかる!』株式会社いつも、滝口 直樹)
BtoB市場において、最もEC化率が高い業界は「食品製造業」で、ほぼ60%近い59.3%という数値になっています。
(出典:
『令和元年度 内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業(電子商取引に関する市場調査)』経済産業省, 商務情報制作局 情報経済課)
その背景にあるのは「契約の継続性」です。食品業において原材料の仕入れは、一度契約を行うと品質維持のためにも毎月発注となることが多く、自動で発注が行えるWebシステムと相性がよいと言えます。また、季節によって細かい数量・重量変更も数字を変えるだけでできるため、ヒューマンエラーを防ぎながら効率化することが可能です。
その一方で、建設・不動産業のEC化率は12%とかなり低い数値となっています。これは受発注が単発となることが多いことや、取り扱う金額が大きいことがその要因として挙げられます。
BtoCにおける2019年のEC化率は6.76%であり、昨年比で+0.54%となっています。市場規模と同様に、今後もこの拡大トレンドは続いていくものと考えてよいでしょう。BtoCの市場規模の半分を占める物販系分野全体のEC化率も6%代となっています。
(出典:
『令和元年度 内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業(電子商取引に関する市場調査)』経済産業省, 商務情報制作局 情報経済課)
その中で最もEC化率が高い市場が41.75%の「事務用品・文房具」であり、次いで「書籍、映像・音楽ソフト」(34.18%)、「生活家電、AV 機器、PC・周辺機器等」(32.75%)となっています。これら業界のEC化率が高い理由に、商品の品質が一定であり、インターネット上で比較検討しやすい商材であることが挙げられます。
その一方で、「食べてみるまでわからない」「個体によって差がある可能性がある」といった事前の調査と実際の消費に差がある可能性のある「食品、飲料、酒類」市場のEC化率は2.89%とかなり小さい数値となっています。
百貨店市場をはじめ、日本の小売市場は「成熟産業」とも呼ばれており、国内人口が減少していく中でより一層競争が激化していくことはほぼ間違いありません。その市場の中でいかに販売シェアを獲得していくかが今後の課題であり、EC化への取り組みは避けては通れないと言えます。
まずは自社の商材と顧客を分析し、競合の動向と市場全体の変化に合わせて施策を打っていきましょう。