人工知能(AI)の分類方法として「強いAI/弱いAI」があります。
「弱いAI」とは与えられた課題を解決することに特化したAIなのに対して、「強いAI」とは人間と同じように意識を持ち、自分が何をしているかを理解した上で問題解決を行うAIです。
顔認証システムや自動翻訳機、パーソナルアシスタントなど、現在の私たちの生活に浸透しつつあるAIはすべて「弱いAI」で、「強いAI」は未だフィクションの世界にしか登場していません。
しかし、ディープラーニングの進化に伴い、部分的な能力ではAIが人間を凌駕(りょうが)し始めており、「強いAI」が間もなく誕生するのではないかと不安を抱いている人もいるでしょう。
そこで本記事では「強いA/弱いAI」について改めて整理し、今後どうしたらAIを活用して顧客への提供価値を高められるのかについて説明します。
AIとはArtificial Intelligence(人工知能)の略語です。スマートフォンの音声検索や翻訳アプリ、掃除ロボットなど、すでにAIはさまざまな商品やサービスに組み込まれており、多くの人が日常的に使用しています。
反面、AIは直接目で見て確かめられないため定義があいまいであり、研究者の統一した見解もありません。研究者によって異なる定義を総合すると「設計者が想定した範囲の判断と処理を繰り返すコンピュータープログラムとは異なり、AIとは学習によって推測や判断などの能力を成長させることができるもの」とまとめられるでしょう。
AIを定義づける上で不可欠な要素が「学習」です。なかでもAIの分野における中心となっているのが 機械学習で、数値やテキスト、画像、音声などの大量のデータから、規則性などの特徴を抽出して判断能力を向上させるなど自ら学習することができます。
また近年耳にする機会の多いディープラーニング(深層学習)も、この機械学習の手法のひとつです。従来の機械学習が、学習対象となる変数を人が定義する必要があったのに対して、ディープラーニングは変数自体をAIが大量のデータの中から自動的に学習します。
AIの分類にはいくつかの方法があります。代表的な分類方法として、「強いAI/弱いAI」と「汎用型AI/特化型AI」の2つがあります。
「強いAI/弱いAI」とはアメリカの哲学者ジョン・サールが1980年に発表した論文が始まりです。この論文の中でサールは、「弱いAI(人間の知的活動をサポートするAI)」と、「強いAI(人間の知的活動を行おうとするAI)」という考え方を提唱しました。
人間の知能と同様に、自意識を持ち、自分が何をしているかわかっているのが「強いAI」です。単に与えられた問題を解くだけでなく、自意識を持つために「この問題を解くことが適切なのか?」というメタ思考が可能です。さらに必要と判断すれば「人間の知能を持つ機械を作る」という判断も行います。
2021年時点では、未だ「強いAI」は存在せず、ドラえもんやターミネーターなどフィクションの世界に登場するだけです。
飛躍的な進化を遂げつつあるAIですが、すべて自意識を持たない「弱いAI」です。
例えば囲碁の世界トップ棋士に勝ったアルファ碁は、論理や言語で定義できない特徴を自動的に学習するニューラルネットワークを採用しています。そのためアルファ碁の開発チームでさえ、アルファ碁の打ち手の理由や意味を説明できない場合があります。その限りでは「AIが自分で打ち手を考えている」とも言えます。
反面、アルファ碁は自意識を持って囲碁を打っているわけではなく、「碁を打つのが適切か」と考えることはありません。また「碁盤がひっくり返ったらどうすべきか」など想定外のトラブルにも対応できません。
「強いAI/弱いAI」という分類が「意識の有無」を基準に分類されたものであるのに対し、AIの用途が限定されているかどうかに焦点を当てたものが「汎用型/特化型」という分類です。今日では「汎用型AI」という意味で「強いAI」、「特化型AI」という意味で「弱いAI」を使う機会も増えています。
汎用型AIは広範な課題を総合的に処理するという特徴を持ちます。
仮に「快適な暮らしを守る」という汎用型AIがあるとします。このAIは、住居内の温度や湿度、空気中の二酸化炭素濃度などを測定し、管理するだけではありません。不意に起こる地震や火事などの災害、住居への不法侵入などにも対処する必要があります。家庭内の不慮の事故にも対処できなければ「快適な暮らしを守る」とは言えません。
一方で、汎用型のAIが対応しなければならない課題を事前に想定し、データを集め、対応策を開発するのは容易ではありません。また複数の対応策間での優先順位をどうするかという問題も発生します。
そのため現時点では、複数の課題に対して人間と同じレベルで意思決定できる汎用型のAIは未だ存在しません。
特化型AIは限定された用途に対応するAIです。例えば、ユーザーと音声で会話するチャットボットは、音声認識や自然言語処理など複数のAI技術を使って処理されていますが、「ユーザーと音声で会話する」という機能に特化しており、他の用途には使用できません。
未だ実現するかどうかもわからない「強いAI」ですが、仮に「強いAI」が実現すれば、シンギュラリティ(技術的特異点)が到来すると言われています。
シンギュラリティとは、AIが人間の知能を超える転換点を意味します。シンギュラリティの提唱者であるレイ・カーツワイルは、「人間の知能と同等の強いAIが誕生すると、その強いAIはどんどん進化を続け、進化は人間が制御できないところまで進むだろう」「世の中の仕組みも変化し、どのようになるのか人間には予測できなくなるだろう」と予測しました。カーツワイルはシンギュラリティを2045年と予測しましたが、シンギュラリティ自体を疑問視する声もあります。
シンギュラリティについては、以下の記事でも詳しく紹介しています。興味がある方はぜひ参考にしてください。
また最先端の分野では、「強いAI」を実現するための研究は、人間レベルの知能の実現を目指す「AGI(汎用人工知能)」として続いています。その研究の1つである「全脳アーキテクチャ」では、人間の脳のさまざまな器官を機械学習に置き換えることによって、AGIに近づこうとしています。
現在開発と実用化が進む「弱いAI」の延長上に意識を持つ「強いAI」があるわけではなく、「まったく異なるもの」という考え方が一般的です。現状では「弱いAI」の研究と実用化に向けた開発が中心となっています。
現在のAIは、ディープラーニングによって飛躍的な進歩を遂げました。画像認証やチャットボット、自動運転の技術など、今日の開発が続く中心は、いずれも「弱いAI」「特化型AI」です。
現状のAIは、強いAIの概念と比較すると、きわめて狭い範囲で適用されているに過ぎませんが、AIの特性を最大限に活かした使い方ができれば、大きな成功を収めることもできます。
一例を挙げると、Netflixのユーザーの大多数は、レコメンドシステム(ユーザーにおすすめ動画を紹介するシステム)をきっかけにコンテンツを視聴しています。2億1,360万人のユーザーの好みを瞬時に判断できる人間はいませんが、AIならば可能です。履歴やデモグラフィック(人口統計学的)を元に、そのユーザーと似ているユーザーを予測し、似ているユーザーの履歴に基づいてコンテンツを紹介するのは、AIが得意とするところです。
「弱いAI」に何ができるかを知り、そのAIの技術をどのように使えば顧客により良い製品やサービスを提供できるかを考える必要があるのです。
ここまで見てきたように、今日活用されているAIは「弱いAI」で、限定された用途にのみ使用できるAIです。つまりあらゆる課題を解決できるものではありません。
しかし、AIにできることを理解し、目的に合わせて活用すれば、顧客提供価値を高めることも可能です。
AIのさまざまな技術が顧客にどのような価値を提供できるか、いくつかの例を紹介しましょう。
AIの自然言語処理技術を活用したチャットボットの導入によって、24時間の顧客対応が可能になります。さらに音声認識と音声合成を活用した対話型のチャットボットであれば、顧客の利便性は一層高まるでしょう。
画像認識型AIレジの導入によって、顧客体験が大きく改善します。なぜならカメラを通して商品全体を認識し、AIが個々の商品を識別して会計もスムーズに完了するからです。また、中国のアリババが運用するECサイトでは、画像認識を利用して、ユーザーがアップロードした商品と類似の商品を紹介するサービスを提供しています。
オフィスへのRPA(Robotic Process Automation)が脚光を浴びています。RPAは入金・出勤管理やデータ入力といった単純業務を自動で進めるソフトウェアです。
RPAは定型業務の自動化ですが、RPAにAIを組み合わせれば、より専門的な業務に対応できるようになります。
一例を挙げると、従来紙文書の文字はOCR(光学的文字認識)ソフトがデータに読み取り、担当者が目視でデータを確認していました。このOCRにAIを組み込んだAI-OCRの活用により、業務は大幅に効率化できると期待されています。
AIを活用し、顧客提供価値を高めるためには、導入前に以下の3点を明確にしておかなければなりません。
AIを導入する前に、自社の課題を整理し、今何を解決しようとしているのかを明確にしなければなりません。
例えばA社ではサブスクリプションサービスの解約率が高いことが悩みでした。そこで「現状のサブスクリプションの継続率を10%向上させる」のように、課題を明確化しました。さらに「10%」という達成すべき数字を挙げたことによって、施策が成功したか失敗したかがはっきりとわかります。
課題が明確になったら、AIをどのように活用するかを検討します。
A社はAIで顧客の履歴と好みを分析し、レコメンド機能を使って、更新時期が来た顧客に対して、顧客の興味を惹きつけるサービスの紹介を行うことにしました。
AIはデータがそろっていなければ、活用できません。AIで目標を達成するためにはどんなデータが必要なのか、プロジェクトに実際に取り掛かる前に洗い出しておかなければなりません。
A社の場合は、全顧客の無料お試し期間からデータを取得していたため、かなりの量のデータが蓄積されていました。
以上の3項目を検討せずにAIの導入を進めると、効果などが明確にならず、失敗する可能性が極めて高いです。導入前の準備は入念に行いましょう。
AIが意思を持つかどうかに焦点を当てた「強いAI/弱いAI」という分類が提起されたのは、約40年前の1980年でした。提起したのは人工知能の研究者ではなく、「心の哲学」を専門とするジョン・サールという哲学者です。しかし、今なおこの分類方法が使われているのは、意識の有無はAIにとって重要なイシューだったからにほかなりません。
今日のAIは、ディープラーニングによって飛躍的な進化を遂げています。囲碁のチャンピオンに勝ったアルファ碁などを始め、個々の能力では人間をはるかに凌駕するAIが、数多く存在しています。
それらはいずれもひとつの分野だけに特化した「特化型AI」であり、「弱いAI」に分類され、意思を持つ「強いAI」とはまったく異なるものです。
映画では、AIが人類に取って代わる未来が繰り返し描かれますが、そこで想定されているのは、自ら意思を持つ「強いAI」です。
日々進化するAIの世界では、いつか「強いAI」が登場するかもしれません。しかし現時点で検討すべきは「弱いAI」を新たな製品やサービスに取り入れ、顧客により高い価値を提供することです。そのためにも自社の課題を明確にし、AIの使い方を検討し、必要なデータの収集から始めましょう。
AIの活用については以下の記事でも詳しく解説しています。ご興味のある方はぜひご覧ください。