ハリウッド映画の『摩天楼を夢みて』は、セールスの世界を舞台にしています。アレック・ボールドウィンが演じるブレイクは、強権的で冷たく、損得勘定だけで動く典型的なセールスエリートで、激しい口調で相手を意のままに動かそうとする人物です。
成績が思わしくないセールスマンたちを前にブレイクが檄を飛ばすシーンで、「セールスの心得はABCだ」という台詞が出てきます。「ABC」とは「常にクロージングをめざせ(Always Be Closing)」の略で、客それぞれの事情やニーズなどにはお構いなく契約を取ってくることがセールスの一番の目的という意味を持っています。
映画の原作となったデヴィッド・マメットの戯曲『グレンギャリー・グレン・ロス』が書かれた1980年代には、こうしたセールスの手法がまだ横行していましたが、現代において状況は一変します。
セールス担当者の合言葉は、「常にクロージングをめざせ」から「常に支援の姿勢で(Always Be Helping)」に変わりました。
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「常に支援の姿勢で」
ブレイクにとって、交渉の主導権は決して相手に渡してはならないものです。「ABC」のセールスでは、売り手こそがセールスプロセスの中心であり、買い手のニーズは一切無視して力づくで取引をまとめることが重んじられました。
しかし、現代においてセールスの実績を上げていくためには、買い手に主導権を委ねるアプローチこそが重要なのです。
もちろん現代でも、セールスの役目が販売であることに変わりはありません。しかし、顧客が必要としていないものを強引に売りつける戦略は、もう通用しません。
「人は売りつけられることを嫌い、自分の意思で買っていると思いたがる」というデール・カーネギーの言葉がありますが、販売を成立させたいなら、その顧客が抱えるビジネス上の問題の解決に役立つリソースや情報の提供に努めることから始めなければならないというのが、「常に支援の姿勢で」という言葉の意味なのです。
顧客主体のセールスへの転換
取引の主導権が買い手側に移った現代、売り手本位の一方的なセールスは、B2BとB2Cのいずれの取引にも通用しなくなりました。製品情報や第三者のレビューがネットですぐに参照できるようになったことで、買い手にとっての透明性と利便性が向上し、以前より格段に主体的で賢い選択をすることが可能になりました。
強引なセールスが通用しなくなったのは、買い手を画一的なATMのようにしか見ていないからです。実際には、買い手それぞれの個性が異なるように、置かれている状況やニーズも多様です。そこには、自社が提供する製品が役立つケースもあれば、逆に不利益となるケースもあるでしょう。
買い手のニーズを第一に考えるセールスへの転換は、自社にとってもメリットとなる戦略です。製品との相性が悪い買い手にもひたすら買わせようとするアプローチは、短期間での顧客離れや売上金の回収不良による損失を膨らませ、それが高じれば経営破綻につながる危険性さえあります。
さらに、こうしたビジネススタイルは企業イメージを大きく損ないます。「売り方が強引で自分たちの都合しか考えていない会社」という評判が立てば、新規の顧客獲得は年々難しくなり、本来なら自社のソリューションが役立つはずの見込み客にさえも背を向けられることになるでしょう。
「ABH(常に支援の姿勢で)」は、現代のセールスに求められる新しい合言葉です。以下、その行動原則を3つのポイントに分けてご説明します。
「ABH」の3つの行動原則
1) 支援可能な見込み客を絞り込む
見込み客が抱える問題と自社の提供するソリューションとの接点が見出せない場合や、この先もしばらくは支援を必要とするような問題がないという場合には、潔く撤退しましょう。
見込み客にとって、こちらの商談につき合う必要性はまったくありませんし、おそらくこちらにとってもそれは同じです。
セールスを通じて提供しようとするソリューションは、万人の問題を解決するものではありませんし、そうしなければならない理由もありません。相性の悪いリードを顧客にしようと努力しても、時間と経費の無駄にしかなりません。限られた時間を効果的に使うためには、支援する相手を厳選することが必要です。
この見極めさえ正しくできれば、毎月の目標達成率を110%にすることも難しくないでしょう。相性に関係なくすべての見込み客に同じ手間と時間をかけていては、どんなに努力しても目標には届きません。時間効率面での問題だけでなく、ビジネス上の問題解決に役立たない商談につき合わされる相手にも不快な思いをさせることになってしまいます。
2) 見込み客の意思決定プロセスを意識する
顧客が購入に至るまでの意思決定プロセスは、大きく3つの段階に分けられます。それぞれの見込み客がプロセスのどの段階にあるかに応じて、ふさわしい話題や質問も大きく異なることを意識しましょう。
気づきの段階:見込み客は解決を必要とする問題があることに気づいてはいるものの、具体的な解決策やベンダーの情報収集はまだ始めていません。通常、この段階での働きかけはマーケティングからのリード育成(ナーチャリング)が主で、セールスによるアプローチは行われません。見込み客がこの段階にある場合は、ごく簡単な接触にとどめるか、マーケティングの対応に委ねることが望ましいでしょう。
検討の段階:見込み客は自らの抱える問題を自覚し、時間と手間をかけて解決策を見出そうとしています。この段階では、候補となるソリューションについての簡単な情報収集が始まりますが、予算などの具体的な条件はまだ決まっていません。
決定の段階:見込み客は解決したい問題とソリューションの候補について十分な情報収集を終えています。まだ特定のベンダーに絞りきれていなくても、その分野の主要なプレイヤーについて調べる過程で、こちらの会社や製品についても一定の予備知識を得ていることが考えられます。「BANT」と呼ばれる「予算」「権限」「ニーズ」「タイミング」が明確になるのもこの段階です。
3) 顧客に応じた柔軟な対応で購入を支援
「常に支援の姿勢で」という教えは、購買プロセスの進め方を顧客に合わせるということであり、プロセスそのものを顧客に丸投げするという意味ではありません。顧客の希望に沿った意思決定の支援と、売り手側の専門知識を生かした望ましい解決策の案内を、バランスよく両立させていくことが重要です。
顧客が検討している製品の導入に数多く立ち合い、実績を上げてきているのは、顧客ではなくセールス担当者です。問題の解決に向けてどのようなプロセスを構築すればいいのか、社内の協力体制をどのように確立するのか、といった実際的な知識が顧客には不足しています。
それを知っているということが、セールス担当者の価値にほかなりません。
顧客との対話を重ねながら、社内の意思決定プロセスや関係者の事情を把握し、それらの条件に合わせて自社のソリューションのスムーズな導入につながる支援の段取りを工夫しましょう。
多くの顧客にとって、購入に至るまでのプロセスは購入それ自体と同じくらい重要です。セールス担当者が顧客の言葉にしっかり耳を傾けているか、顧客を尊重しているかは、信頼形成に大きく関わってきます。すべての見込み客に一律なプロセスを押し付けても、効果的な支援にはなりません。
「常に支援の姿勢で」展開するセールスが目指す最終的なゴールは、クロージングに至る前に顧客から確かな信頼を獲得することです。一見まとまりのない点と点をつなぎ合わせて一貫したソリューションを作り出し、問題を効果的に解決できるよう顧客を手助けすることが、今の時代のセールスパーソンに求められている役割です。
相手を圧倒して意のままに動かす「クロージングの鬼」の時代は、もう終わったのです。買い手にとっても売り手にとっても、すばらしい時代になったといえるでしょう。