社内ベンチャーとは、新規事業を行うために企業内で独立させて作った組織のことです。
既存事業だけで会社を経営し続けるのが難しい場合や、市場自体が縮小している場合などには、企業を成長させる策が求められます。実際、2000年のフォーチュン・グローバル500には、日本企業が104社存在していたにも関わらず、2019年には日本企業は52社と20年間でほぼ半減しています。また、既存の企業リソースを活用した新規事業を打ち出すことは、人材育成や企業文化の成長にも寄与します。
人材や資金などを全て自社で完結させる社内ベンチャーの立ち上げは、新たな収益の柱として、新規事業を立ち上げるうえで魅力的な施策といえます。さらに、新規事業に至る挑戦は顧客に自社の魅力を伝える機会となり、顧客体験向上にもつながるでしょう。日本でも多くの大企業が社内ベンチャーを立ち上げており、誰もが聞いたことがあるようなサービスにまで成長しています。
一方で、社内ベンチャーは、少なからず失敗のリスクもあります。 これから社内ベンチャーの立ち上げを検討している方は、どうやって立ち上げれば成功するのか、他社の社内ベンチャーの仕組みなどを参考にすると社内ベンチャーの成功確率を上げられます。
この記事では、社内ベンチャーを立ち上げることのメリットやデメリット、成功企業の事例をもとに成功のためのポイントを解説します。
社内ベンチャーとは?
一般的に社内ベンチャーとは、新規事業を行うために企業内部で独立させて作った組織 のことです。明確な定義はありませんが、メンバーは既存事業と兼任せずに、子会社などの完全に独立した組織として事業を進めるケースが多いです。
社内ベンチャーが作られる目的には、主に以下4つが挙げられます。
- 売上や利益の向上による企業成長
- 社内における既存リソースの有効活用
- 新規事業にともなう人材育成
- 前向きに挑戦できる企業文化の創出
社内ベンチャーは事業投資であり、利益や売上が求められます。例えば、サイバーエージェントの社内ベンチャーとして2011年に立ち上げられたCygamesは、113億円もの純利益をあげる会社へと成長しています。(2018年9月30日)一方で、一定の規模で成長していない組織には、基準に応じて撤退が余儀なくされます。社内ベンチャーとして立ち上げた事業が利益につながる経営状況なのかを常に確認できる仕組みが必要です。
しかし、数値以外の目的として、社内の人材育成や失敗に寛容で挑戦できる企業文化の醸成施策の一環 として行われるケースも少なくありません。高いマネジメント力が求められる社内ベンチャーの経験により、既存事業では得られないマネジメントスキルの非連続的成長も期待できます。
スタートアップとの違い
社内ベンチャーと似たような概念にスタートアップが挙げられます。社内ベンチャーとスタートアップは、新しい事業を行うという点では似ていますが、様々な点で異なります。
スタートアップの特徴は、以下の3つが挙げられます。
- 資金は自己資金か、外部から調達する
- 信用のない状態から事業を立ち上げる
- 小規模で行われるため意思決定が円滑に行える
スタートアップの場合は、信用や資金などがほとんどない ところから行われます。しかし、創業者が諦めなければ事業を継続でき、意思決定もスムーズに行われます。
一方で、社内ベンチャーの特徴には、以下の3つが挙げられます。
- 資金や人材は社内の既存リソースを活用する
- 原則として、会社からの給料は発生する
- 企業により撤退基準などの条件が設けられている
社内ベンチャーは、既存会社の実績や信用情報を活用できるため、資金や取引先の開拓など一般的なスタートアップ企業にとって難しい点がスムーズに行えます。しかし、 営業利益や売上などの撤退基準を設けられる場合が多く、撤退判断や予算削減などはシビアに判断されます。
社内ベンチャー制度について
社内ベンチャーを立ち上げるには、ボトムアップ型とトップダウン型の2つの方法があります。
ボトムアップ型のは、社員の発案によって立ち上げられます。ボトムアップ型の特徴として、事業 アイデアの数が多く担当者の熱量が大きいという点があります。
熱量が高い分、担当者は、せっかく考えた事業アイデアが理由もなく却下された場合、「出しても受からないし、発案するだけ時間の無駄」という印象を受けてしまい、翌年以降の発案のモチベーションが下がってしまいます。
そのため、事業アイデアの選定や事業に対して細かいフィードバックや評価基準などを設ける必要があります。
社内ベンチャーの立ち上げ実績が多い企業の社内ベンチャーはボトムアップ型が目立ちます。より多くのアイデアを募集したい場合や企業文化の醸成も行いたい場合には、ボトムアップ型の社内ベンチャー立ち上げが向いています。
トップダウン型は、経営陣の発案によって立ち上げられます。トップダウン型の特徴として、本社の協力が得やすい 点があります。ボトムアップ型に比べると担当者の熱力が少なく、意思決定を経営陣が行うため事業スピードがゆるやかである点もあります。
例えば、メルカリによって立ち上げられた社内ベンチャーである株式会社ソウゾウは、トップダウン型ので立ち上げられた社内ベンチャーです。株式会社ソウゾウは、社外から起業経験者を引き抜き立ち上げられました。社内ベンチャーには失敗例も少なくないと先述しましたが、外部の優秀な起業経験者の引き抜きにより、リスクを減らし事業の成功確率をあげられます。
このようなトップダウン型では、外部の人材のアサインや社内リソースの調整をスピード感をもって行えます。そのため、利益創出を目的とする場合や、社内ベンチャーへの協力体制が整えられていない場合には、トップダウン型の社内ベンチャー立ち上げが向いています。
社内ベンチャーのメリット
社内ベンチャーのメリットは、新しい収益源の獲得だけにとどまりません。
ここからは、企業側と担当者側の2つの視点から社内ベンチャーのメリットを解説します。
企業側にとってのメリット
企業側にとって社内ベンチャーを立ち上げるメリットは、主に以下の4点です。
- 事業内容拡大による新たな収益源の獲得
- 挑戦可能な企業文化の醸成
- 多様な経験、価値観を持つ優秀な人材の育成
- 新規事業ナレッジの蓄積
社内ベンチャーは、本社の潤沢な資金だけではなく、人脈やナレッジ、人材リソースを創業段階から活用できます 。資金調達の工面などで時間をかける必要がないため、スピーディな成長も期待できます。
また、社内ベンチャーを何度も立ち上げる中で、新たな成功体験や事業ナレッジが蓄積されます。そのため、徐々に成功確率が上がるメリットも存在します。
担当者にとってのメリット
社内ベンチャーをマネジメントするのは、経営陣ではなく社員です。社員にとって社内ベンチャーを行うメリットには、以下の3つが挙げられます。
- 低リスクでの起業経験
- 起業家としてのキャリア
- 社会的インパクトの大きさ
個人での起業は収入が途絶えるリスクがありますが、社内ベンチャーであれば多くの場合は給料を得られるため低リスクでの起業経験が実現します。
社内でのキャリアに限界を感じている社員にとっても、新規事業におけるマネジメント業務に就くことで起業家としてのキャリアが積め、社会的インパクトが大きい挑戦を行えます。
このように、社内ベンチャーはキャリアアップや成長機会を望む社員にとっての絶好の機会といえます。
社内ベンチャーのデメリット
社内ベンチャーには様々なメリットがある一方で、デメリットも複数存在します。
企業側にとってのデメリット
企業側にとって社内ベンチャーのデメリットとしては、以下の2点が挙げられます。
- 全くの新規事業の場合成功可能性が下がる
- 失敗時に人や資金などへの損失が生じる
先述の通り、社内ベンチャーにおける新規事業の成功確率は決して高くありません。せっかく投資を行っても失敗すれば損失となります。
担当者にとってのデメリット
実際に事業を行う担当者にとってのデメリットとしては、以下の2点が挙げられます。
- 短期間での成長が求められる
- トップダウン型の場合モチベーションが欠けやすい
- 心理的な負担が大きい
社内ベンチャーは既存の人材や資産などのリソースを用いるため、短期間で一定の成果が求められます。特に、新規事業に関する経験が乏しい場合には、短期間での成長が必要になります。さらに、トップダウン型の場合は、経営陣による意思決定に基づく社内ベンチャーであるため担当者のモチベーションが欠けやすくなります。その結果、担当者においても成長が求められ心的にも大きなストレスとなります。このようなリスクを軽減するためには、担当する社員のキャリアや能力も踏まえて検討することが重要です。
社内ベンチャーを立ち上げる流れ
社内ベンチャーを立ち上げる流れを、リクルートの新規事業提案制度である「 Ring 」を例にご紹介します。同社では、「スタディサプリ」や「R25」といった社内ベンチャーを続々と立ち上げています。
- エントリー・プラン提出
- 一次審査
- ブラッシュアップ
- 二次審査
- 最終審査
- 事業フェーズごとの審査
まずは、多くの社員から事業アイデアを募集します。対象は全社員であり社外メンバーもチームメイトとして参加可能です。一次審査では各テーマ・カテゴリごとに審査基準を設けて書類審査を実施します。審査基準は事業アイデアにより異なり、市場規模や社会的インパクトなど様々な視点から総合的に判断されます。 一次審査で落選した場合でも、アイデアに対してフィードバックが与えられます。
審査通過した事業アイデアは、各領域の役員陣とともブラッシュアップされます。この段階からは調査に必要な活動資金なども提供されます。
その後、役員による二次審査が行われ、事業アイデアが絞られます。最終審査では、社長や役員陣に向けた公開プレゼンを行いグランプリが決められます。
グランプリを獲得した事業アイデアは、事業内容や段階に応じ予算や人材が投下されるほか、最終的には部門化される道も開けています。
社内ベンチャー立ち上げの7つのポイント
ここからは、社内ベンチャーを立ち上げる際の7つのポイントについて解説します。
- 撤退基準を明確に設ける
- 社員の参加ハードルを下げる
- 挑戦しやすい仕組みを作る
- ボトムアップ型で事業を立ち上げる
- 意思決定スピードを重視する
- 社内リソースを柔軟に使える仕組みを整備する
- 既存事業に固執しすぎない
1. 撤退基準を明確に設ける
社内ベンチャーは一つの投資であるため、費用対効果の見極めが重要です。事業を始めると、取引先や社内外の多くを巻き込んだ手前、親会社や担当者としても事業を撤退させにくくなります。また、担当者側も辞めると言い出しにくくなります。そのため、事前に撤退基準を設けて、 事業性について客観的に判断をする必要があります。
例えば、サイバーエージェントでは、2四半期連続で減収減益になったら撤退、粗利益が3四半期連続で減少したら撤退など、事業アイデアごとに明確な撤退ルールが定められています。
2. 社員の参加ハードルを下げる
事業アイデアは宝玉混合であり、より見込みのある事業を立ち上げるためには、複数のアイデアを集めて判断することが必要です。 社員の参加ハードルを下げ、より多くの事業アイデアを集めましょう。 年間100件以上の新規事業提案を集める「SWITCH」を実施するメガベンチャー企業のLIFULLでは企画書一枚からエントリーが可能です。また、先述したリクルートの「Ring」では、キックオフイベントを導入して参加ハードルを引き下げています。
3. 挑戦しやすい仕組みを作る
たとえ、挑戦できるチャンスがあったとしても、失敗したら査定評価が下がり社内出世に悪影響がでるならば、社内ベンチャーに挑戦したがる社員は集まりにくくなります。また、関係部署や社内リソースを使いたい場合でも、協力してもらえる機会が減るでしょう。
そのため、挑戦を称賛する企業文化や、万が一、事業撤退としても担当者をフォローできる仕組みが必要です。
4. ボトムアップ型で事業を立ち上げる
担当者の熱量が高いほど、 当事者意識を持って事業を進められます。一方、トップダウン型では、担当者は当事者意識を持ちにくく成功確率は下がってしまいます。
そのため、社内ベンチャーの立ち上げは担当者の熱量が大きいボトムアップ型をおすすめ します。また、失敗へのリスクを減らすには、事業を採択する際に、担当者の熱量を確認しておきましょう。
5. 意思決定スピードを重視する
社内ベンチャーは、既存事業に比べると比較的短期間で成果を求められます 。これに対応して、担当者の意思決定スピードも重視しなければなりません。
スピード感を持って事業を進めるためには、本社への報告義務や干渉は極力減らし、人事権や予算配分など事業判断は、できる限り担当者に任せることが重要です。
一方で、事業撤退に関する意思決定も先送りにするのではなく、明確な判断基準に沿って行いましょう。
6. 社内リソースを柔軟に使える仕組みを整備する
社内ベンチャーの魅力は、人材や事業ナレッジなど既存のリソースを活用して事業を進められる点ですが、画していない社員にとってのメリットは少ないため優先順位が下がる傾向にあります。
円滑に社内ベンチャーを立ち上げるためにも、予算折衝だけではなく、 社内リソースを活用できる制度や仕組みを構築しましょう。
7. 既存事業に固執しすぎない
既存事業との兼ね合いを考えすぎるとアイデアの幅が狭まり、フラットな判断が難しくなります。
最も避けるべきは、競合企業が立ち上げた新規事業によって、自社のシェアを奪われてしまうことです。社内ベンチャーを立ち上げる際は、 既存事業の競合となる事業であっても事業性や将来性があれば投資する判断も候補にいれましょう。
社内ベンチャーの成功事例
ここからは、3つの社内ベンチャーの成功事例について紹介します。
1. スタディサプリ|リクルート
スタディサプリは、リクルートの新規事業コンテスト「Ring」の前身となる「New RING」にて社内ベンチャーとして事業化されました。
2011年10月、高校生を対象とする「受験サプリ」をリリースしたのち、2016年2月には小中校生の多様な学びを支援する「スタディサプリ」にブランドを統一。 2019年度で会員数は約110万人に上り、全国には約5,000ある高校や自治体のうち、スタディサプリ導入校は過半数を占める2,598校以上 にまで増加しています。
塾のない地域や、経済的な理由から塾へ通えない生徒がいるという塾業界のジレンマをつき、リクルートには珍しいコンテンツ型のビジネスモデルが事業化されました。慣例を踏襲するだけではなく、発案者の熱量や社会へのインパクトを重視により誕生し成功を納めています。
2. スープストックトーキョー|三菱商事
スープストックトーキョーは、三菱商事株式会社に在籍していた遠山正道氏が、1997年当時、出向していた日本ケンタッキー・フライド・チキン株式会社へ物語形式の企画書「スープのある一日」を起案したことがきっかけで立ち上がりました。。1999年8月には1号店を出店、2000年2月には三菱商事株式会社コーポレートベンチャー0号として株式会社スマイルが設立されました。2016年2月には、会社分割により株式会社スープストックトーキョーを設立。「働く女性が安心で美味しい食事がゆっくりできる場所を」という創業当初の理念は、 利益だけではなく顧客への価値を重視する社内文化で、多くのファンを獲得しています。
「“Soup Stock Tokyo”はスープを売っているが『スープ店』ではない。スープは共感のための軸である。スープを提供することによって共感の関係性がお客さまとの間に生まれれば、スープが別の食べ物やサービスになっていったりする」
引用: 就職ジャーナル|遠山正道「仕事とは?」|前編 より
魅力的なブランドストーリーや事業形態により、スープストックトーキョーは2021年5月時点で全国60以上の実店舗とオンラインショップを展開するまでに成長しています。
3. スナップタックス|インテュイット
スナップタックスとは、iPhone内臓カメラで資料をスキャンする納税申告書が完成する会計ソフトの世界最大手であるインテュイットの社内ベンチャーとして立ち上がりました。
2010年にアメリカ、カリフォルニア州で配信をスタート。全米対応版がリリースされると、 3週間で35万ダウンロードを超える人気ソフトにまで成長しました。
スナップタックスは、インテュイットのプロダクトであるターボダックスという商材と競合していましたが、イノベーションによる成長環境を整えたことで、わずか5名の立ち上げメンバーから大きな収益の獲得に成功しています。
挑戦できる企業文化と顧客体験の向上が社内ベンチャー成功のポイント
社内ベンチャーの立ち上げには、新たな収益事業の創出だけではなく、社内の人材育成や前向きに挑戦できる企業文化の醸成など様々なメリットが存在します。 社員にとっても新たなキャリアとなり、スキルやナレッジを蓄積できます。
社内ベンチャーは人材や資金といった既存リソースを用いますが、失敗の確率も高い傾向にあります。立ち上げる際には、 失敗する可能性を大前提においた仕組み作りを行いましょう。 社員にとって挑戦しやすい環境を企業側が先に提供することで、社員にとっても挑戦しやすい環境が作られていきます。。また、顧客体験を向上させる社内ベンチャーは、自社への興味を惹きつけるものであり、より良好な関係継続に貢献します。
社内ベンチャーを成功させるには、これらのポイントを押さえて進めていきましょう。