近年、イントレプレナー(社内起業家)を育成し、新規事業を進める企業が増えています。特に欧米では、GAFAなど世界的プラットフォーマーの台頭、欧州車メーカーの脱炭素宣言など、これまでになかったようなスピードで社会構造の変革にあります。
社会的な変動が進み、数年先の情勢が予測しにくくなっている今、日本国内においても企業が生き残っていくためには、顧客ニーズの発掘とより良い顧客体験を提供するための新規事業の開拓が求められています。
本記事では、イントレプレナーが求められる背景を確認したうえで、成功するためにおさえておきたいポイントを解説します。
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イントレプレナーとは?定義を確認しよう
はじめに、イントレプレナーの定義と、アントレプレナーとの違いや特長を確認しましょう。
イントレプレナーとは?
イントレプレナーとは、新規事業をけん引する社内起業家 を指します。大企業を中心に社内起業制度やイントレプレナー育成プログラムを導入する企業が業種を問わず増加傾向にあります。
例えば、事務用品の通信販売を行う「アスクル」は文具メーカーのプラスから、医療情報サイトを運営する「エムスリー」はソネットから、クラウドファンディングサービスの「Makuake」はサイバーエージェントから、社内の新規事業としてスタートしました。
これらの事業をけん引するのがイントレプレナーの役割です。
アントレプレナーとの違い
アントレプレナーとは、ベンチャー企業をメインとする起業家、事業家のことを指します。
イントレプレナーは、社内で事業の立ち上げを行うという点で異なります。
アントレプレナー、つまり自身で独立して起業する場合は資金力や人材力が乏しい場合が多く、成功率は低い傾向にあります。 2020年に経済産業省が発表した「中小企業白書」にある「休廃業・解散企業における業歴別の構成比」を見ると、業歴5年以内の休廃業・解散率は15.5%、5~9年以内では11.9%にのぼっており、開業から間もない時期でも、軌道にのせられず廃業に至る企業が多いようです。
一方、社内起業の場合は企業が保有する資金力や人材を活用できる点で、事業化のスピード感が出る、独立起業よりもリスクが少ない などのメリットがあります。
今、イントレプレナーが求められる理由は?
この10年間を振り返ると、米国および中国の時価総額トップ10企業はスタートアップによって塗り替えられています。ベンチャー企業の力が国の活力を左右していると言っても過言ではないかもしれません。一方、日本の時価総額トップ10企業はトヨタ自動車、ソニー、NTTなど顔ぶれは長年大きくは変わっていません。
しかし、海外の情勢変化を考えると社内外問わず、国内においてもベンチャー企業の台頭が予想されます。特に、社内リソースを活用するためにも社内ベンチャーを促進するためのイントレプレナーの育成が求められています。
・デジタル化、グローバル化に対応し企業成長を実現できる人材育成のため
急速に進むデジタル化、およびグローバル化の中で、旧来のビジネスモデルが通用しなくなってきています。このような変化に対応するには、新しい事業を展開し、企業として成長するための人材育成が求められています。
・経営人材の育成のため
事業成功のためにはイノベーションの種を撒いてから成功までの期間、同一の経営人材の就任が求められます。GAFAなどイノベーションを重視する米IT企業社長の在任期間は10年前後が一般的です。
他方、日本の大企業は60代で社長就任するケースが多く、退任までの期間が短い傾向にあります。事業成功のために社長の在任期間を長期化させるには、20~30代といった若い世代から社内で経営経験、事業経験を積ませることが望ましく、新規事業を任せる人材育成が求められます。
・活発なベンチャー風土醸成のため
時代ニーズに応じた顧客への価値や情報の提供を行うためには、より活発なベンチャー風土の情勢が必要です。
そのためには、新しいことに挑戦できる環境作りや年功序列といった旧来の制度にとらわれない社内環境が求められます。
上司に従い仕事をこなすだけではなく、自らチャレンジできる環境を整えることで、社員のモチベーションを高め、停滞した企業活力に風穴を開ける効果が期待できます。
3つのイントレプレナー育成方法
次にイントレプレナーを育成する方法について見ていきましょう。
ここでは監査やコンサルティングを行う企業として、社内新規事業やイノベーション創出に立ち会う機会が多いデトロイトトーマツグループを参考に、「抜擢型」「社内ベンチャー型」「オープンイノベーション型」の3タイプをご紹介します。
参考:新規事業・イノベーションの鍵を握る「大企業30代社長」|デロイト トーマツ グループ|Deloitte
抜擢型
自社から人材を抜擢し、子会社や、買収・出資した会社にて経験を積ませるタイプです。大企業グループ内の配置転換や、金融機関からの出向という形で、従来から頻繁に行われている、人事的な理由・背景が強いイントレプレナーです。
社内ベンチャー型
企業が用意した「新規ビジネス公募制度」「社内ベンチャー制度」を通じて、社員によるビジネスプランを募集するなど事業化を推進し、子会社や関連会社を立ち上げ独立させるイントレプレナーです。
オープンイノベーション型
社内だけでは不足しがちな人材や情報といったリソースを補うために、外部ベンチャー企業などと連携してジョイント・ベンチャー(JV)を立ち上げるイントレプレナーです。2010年代以降、オープンイノベーションの発展にともない、特に注目を集めている形です。
従来は抜擢型がとられていたのに対し、近年は「社内ベンチャー型」か「オープンイノベーション型」で成果を上げる事例が多くみられます。
イントレプレナーの育成に際しては、自社の目指したい方向性や社内ベンチャーに対する企業文化、業態に応じてふさわしい導入方法を検討しましょう。
次の表にそれぞれの育成タイプごとのメリットとデメリットをまとめているので、よかったら参考にしてください。
育成タイプ |
メリット |
デメリット |
抜擢型 |
・会社設立の手間が不要 ・事業がほぼ確立されている ・人材や技術が揃っている |
・組織改革や生産性向上がメイン ・新事業チャンスに結び付きにくい |
社内ベンチャー型 |
・意欲ある若手を登用できる ・新ビジネスのチャンスを生む ・学生や後輩のモデルとなれる |
・会社設立の負担が大きい ・経営層の理解を得るのが難しい ・スピードアップが課題 |
オープンイノベーション型 |
・社内にはない技術、人材を活用できる ・社外メンバーとの連携により新しい発想が生まれやすい ・事業化にスピード感が出る |
・適当な連携先を見つけられない ・費用分担や知財の合意がしにくく体制構築に時間がかかる ・経営層、社内の理解を得にくい ・外部連携によって自社の情報が流出する可能性がある |
イントレプレナーに必要な資質
イントレプレナーは、いかに最適な人材を選定できるかで成否が決まります。
ここでは大企業やベンチャー企業で新規事業を支援するパートナー企業のコンサルタントを勤め、グロービズ経営大学院教員の山口英彦氏の見地を参考に、イントレプレナーに求められる3つの資質を解説します。
参考:社内起業or独立?10の質問で適性をチェック | GLOBIS 知見録
「身軽さ」と「自己主張の強さ」を兼ね備えている
イントレプレナーが対峙するのは社内でありながらも新たな事業行うという既存組織の枠に捉われない環境であり臨機応変な「身軽さ」が求められます。また、既存勢力からの同調圧力さらされながらも自らを貫き通し事業を成功に導くための「自己主張の強さ」も必要です。
政治的手腕に長けている
新規事業を担うイントレプレナーには、これまでの成功事例である既存事業と上手く折り合いをつけながらチームを引っ張る政治的手腕が不可欠です。また、既に社内にある人材を活用しなければならない社内事業の性格上、苦手な人物と協働すること、後ろ盾となる経営トップの力を借りるのに抵抗がある人に社内起業は向かないでしょう。
企業に愛着を持ち自社の成長を望んでいる
社内における事業開拓という性質上、イントレプレナーに選定された社員の社内起業へのモチベーションの源泉にも注目してください。社内起業家による成功利益は会社に帰属するため、独立ベンチャー企業のように自らの懐に入ることはありません。そのため、目先の利益や成功ではなく自社に貢献できた達成感や、愛着、顧客への価値提供を通じた自社の成長を望んでいるかといった内面性もイントレプレナーに求められる資質となります。
イントレプレナー制度導入が成功した3企業
新規事業創出に取り組む企業は多いものの、成功する事例は多くありません。ここではイントレプレナー制度の導入に成功した3企業の紹介とともに、各社の背景や、改革の内容、得られた成果について解説します。
1. アジャイル型組織によって新規事業を育成するKDDI
KDDIは、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援しています。従来の縦割り組織による合議制をあらため、少人数チームで構成するアジャイル型組織を採用して新規事業開発のスピードアップに成功しました。
・背景
世界的に5Gの導入が進みデジタル化が進む中、既存の人材や社内情報ではデジタルとビジネスの融合がスムーズに図れない課題がありました。
そこで、同社Iが取り組んだのは、社外におけるITベンダーに所属するエンジニアの獲得でしたが、従来の新規事業開発は、収支計画作成→稟議→ITベンダー発注とプロセスに時間がかかり、リリースするころには市場も変わり出遅れることが課題でした。
・変革の内容
同社では、企画部、開発部、運用部と別々だった縦割り組織を、各部門から人を集めて1つのチームにまとめるアジャイル型組織を構築しました。フラットなスモールチームによって、1週間単位で開発・リリース・フィードバックを進めることで、高速回転サイクルを実現させたのです。
・成果
イントレプレナー制度の導入により、これまではかかっていた開発期間を3分の1に、そして、コストを半減させることに成功しました。当初は5名1チームで始めたチームは、2020年には200人の20チームに拡大され新規事業も拡大しています。取り組みの一例として、電気の見える化アプリ「auでんきアプリ」などが誕生しています。
2. ビジネスコンテストで新規事業を生むサッポロホールディングス
サッポロホールディングスは「グループ経営計画2024」を打ち出し、低収益事業の縮小・撤退と、食を軸とする成長分野へシフトするため、イントレプレナー制度を導入し、ビジネスコンテストによる起業精神の醸成に取り組んでいます。
・背景
同社がこれまでに新規事業を生み出せなかった理由として、既存事業の枠を超えられない、新規事業に対するノウハウ不足など 「組織」と「人材」の課題がありました。
・変革の内容
これら課題を改革するために2018年9月に実施されたのが、社員からビジネスプランを募る「サッポロビジネスコンテスト」です。これまでの縦割り構造の改善と成長できる新規事業の制度創造、挑戦できる企業風土、および、経営人材の育成を図り、社会に還元できる事業化を目指すための仕組み作りを行った結果、社内応募数は89件に上りました。
・成果
「社会課題を解決し、人々の生活に豊かさをもたらす次世代『酒』『食』『飲』事業の創造」を目的に、社外スタートアップ企業と協働するスタイルも採りながら、社員で構成されるチームが競い合い、ビジネスプランをブラッシュアップしアイデアソンが実施された結果、20名で構成された10チームから、事業化の可能性が高い5チームが選出されました。
これらの取り組みにより、冷蔵庫内の食品を写真に撮りデータを送るだけでレシピや追加食材が分かる「クックパシャッド」、クラフトビールとおつまみの配送サービス「ふたりのみ」が選ばれ事業化挑戦権を得られました。
3. 新事業創出と事業運営を支援するプログラムで起業文化を作った SONY
「あらゆる人に起業の機会を」とのコンセプトのもと、SONYグループでは新規事業創出プログラム「Sony Startup Acceleration Program(以下、SSAP)」を展開し、数多くの新製品や新事業を生み出すことに成功し、同社に強い競争力と成長力をもたらしています。
・背景
グローバル化が進み、顧客の求めるニーズが多様化する中で、海外に比べて国内における新規事業の展開が難しく、また、企業によっては必要な人材やノウハウ、環境を持ち合わせていませんでした。
そこでSONYが取り組み始めたのが自社の持つ起業ノウハウの構築と、新規事業を創設したい外部企業へのリソースの提供でした。
・改革の内容
同社では、2014年に社外における価値の継続的な提供を目的として社内起業制度を導入し、5年をかけて仕組みを整備しました。2018年にはオープンイノベーションとして社外向けの開発支援を、2019年には社外へのスタートアップ支援のサービス拡充を行い、立ち上げから販売までをサポートできる新規事業支援の機会を進めています。
また、2020年2月にはUNOPOS(国連プロジェクトサービス機関)とイノベーションにおける協業契約を締結し、人々がより良い生活を送り持続開発可能な開発を各国がおこなえるようSDGs領域も含めた活動も行っています。
・成果
SSAPによる2014年から7年間における事業化の検証は60件以上、17の事業を創出という成果が挙がっています(2021年3月末時点)。
SSAPから事業化に成功した一例としては、「REON POCKET」があります。「REON POCKET」はインナーウエアの首元に装着するタイプのウェアラブルサーモデバイスで、スマートフォンとBlootooth機能で連携させ、夏は冷たく冬場は暖かく温度調整することで快適な日常を実現する製品です。
2019年にSONYが運営するクラウドファンディングECサービス「First Flight」にて支援募集をスタートすると1週間後には目標額の6,600万円を達成し事業化が決定、2020年7月には一般向け商品の販売がスタートしました。
参考:REON POCKET | 【Sony Startup Acceleration Program】スタートアップと新規事業の育成を支援するプログラム
イントレプレナー成功のポイントは?
イントレプレナーは社内型企業と言えども、既存事業に比べると成功事例が少ない傾向にあります。自社におけるイントレプレナーを成功させるためにも、導入時に直面しやすい落とし穴とともに成功のためのポイントを押さえておきましょう。
イントレプレナーがぶつかりやすい壁
・既存事業との衝突
日本企業は古くから縦割り組織で事業がおこなわれてきたため既存事業の壁が厚く、新規事業を起こせない弊害があります。イントレプレナーが部署間の調整で疲弊してしまわないように、社内におけるバックアップ制度が求められます。
・撤退時期の見極め
事業化に着手した次の課題はスケールアップの壁です。業績だけで評価してしまうと、せっかく撒いた種が無駄になってしまいます。事業のスタート時にゴールを明確にし、トップダウンによる撤退ルールを決めておくなど意思決定を統一しておくことが重要です。
・仮説の再設定
立ち上げ間もない新規事業は経験が浅いため想定外の出来事が次々に起こります。立ち上げたアイデアが上手くいかなくても、事業が成功するまで諦めずに検証と仮説の再設定を繰り返さなければなりません。
イントレプレナー育成を成功に導くポイント
・顧客ニーズの発掘と価値提供
新規事業の成功には、顧客が求めているニーズの発掘が重要です。これらのニーズにどうこたえていくか、どのようなサービスを構築すれば顧客体験が向上し、関係性が向上するのか、より良い価値提供の方法を見定めてください。
・経営陣の巻き込み
社内における新規事業は、意思決定を行う経営陣の協力を得ることでスピーディな実現が期待できます。アイデアソンなどのイベントや講演会などで社内外へ向け披露し、メディアでの認知度を上げることでも重要性が認識され経営陣の協力も仰ぎやすくなります。
・チームビルディング
新規事業を起こすことは社内に多くの軋轢を生んでしまいます。チームメンバー相互の理解を促し、既存組織の枠の外で組織を作るなどチームビルディングを積極的に行いましょう。
・メンター制度
社内組織を横断する人脈を持つ人材や、社内起業経験のある人材をメンターとして活用することでイントレプレナーが持つ課題を解消し、事業化がスムーズに行えます。
・外部リソースの活用
新規事業立ち上げのノウハウが自社に欠ける場合、ジョイントベンチャーを実施するなど外部リソースの活用によりイントレプレナー育成を促せます。また、資金的不足が課題の場合は、イノベーションをサポートするベンチャーキャピタルやエンゼル投資家を活用することで資金調達が実現できます。
・少数精鋭のチーム作り
大人数で動くと、意思決定に時間がかかりスピーディな展開が阻まれます。はじめから大きな成功を目指すよりも、少数精鋭のチームの強固なつながりを作ることで、人間関係の摩擦を減らし、アイデアの発出を促すためスピード感ある事業展開が見込めます。
イントレプレナーの成功は挑戦できる企業風土の醸成がカギ
イントレプレナーは独立起業であるアントレプレナーに比べると、自社の人材や資産を活用できるメリットがあり、リスクが低い起業方法といえます。
グローバル化、デジタル化が進み、顧客の求めるニーズが移り変わりゆく現在、これまでの事業の在り方を変え、社会情勢に応じたスピーディな新規事業を展開するためにも、若い世代へ向けた新規事業へチャレンジできる企業風土の醸成、経営人材の育成など企業文化そのものの変革が求められています。
これら企業文化の創出のもと、顧客の求めるサービスの継続的な提供によって良好な関係を構築でき、自社の成長と社会への価値提供を促せるようになります。
イントレプレナーの成功を実現するためにも、今回ご紹介したポイントを取り入れ、新規事業を起こしやすい環境を整備し、スキルアップのサポートをしながら、全社一丸となったイノベーションの風を起こしましょう。