ファネルからフライホイールへ:HubSpotにおけるビジネスモデルの転換

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Jon Dick
Jon Dick

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本音を書かせてください。HubSpotのCEOを務めるブライアン・ハリガンが、当社のビジネスの考え方をファネルからフライホイールに変更すると言い出したとき、私はどこか残念な気持ちを感じずにはいられませんでした。

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ファネルは、私のお気に入りだったのです。従来、ファネルを活用することで、厳しいフィードバックを真摯に受け止め、チーム一丸となって成功を喜び、ビジネスの成長に伴う数多くの困難を乗り越えてきたことを覚えています。私の所属するマーケティング部門は、社内で「ファネルチーム」とすら呼ばれていて、マーケティングチームのグローバルミーティングの冒頭、25本近くのファネルを写した写真をスライドに使って盛大に開催を宣言したこともありました。

別にCEOを批判するつもりはありません。ただ、ファネルをやめるなんて、何かの間違いでは、と...

でも、それはフライホイールの詳細を知る前の話です。フライホイールが非常に優れたモデルであることは、すぐに分かりました。

漏斗(ファネル)に投入したエネルギーは、底まで到達すると失われます。一方、弾み車(フライホイール)の場合、投入されたエネルギーを蓄積して放出することができます。

弾み車は200年以上前、科学者のジェームズ・ワットによって発明されました(電力の単位にもなっているあのワットさんです)。車輪や円盤状の部品を回転軸に取り付けただけのシンプルな構造ですが、エネルギー効率が非常に優れており、蓄積されるエネルギーの量は、弾み車の回転速度や摩擦の大きさ、弾み車自体の大きさや重さなどの構成によって決まります。弾み車は、自動車や電車、発電設備などさまざまな場面で使用されています。

では、フライホイールの考え方に対する私の気持ちが変わった理由は何だったのでしょうか?

確かにファネルを気に入っていましたが、ビジネスの成長を直線的にしか計測できない点で大きな弱点があることは認めざるを得ませんでした。ファネルの場合、顧客を獲得しても、その顧客が自社の成長を後押ししてくれる流れにはなっていません。つまり、顧客の獲得を通じて蓄積してきたエネルギーは消えてしまい、1日ごと、1か月ごと、四半期ごとに新しくエネルギーを集めなおす必要があります。

このままでは非効率なのはもちろん、大きな問題に直面します。現代のビジネスの世界で、自社の成長を促す顧客の存在を無視することは、リスクが大きすぎます。

顧客の口コミは、従来のマーケティングでも成果の基盤として重視されてきましたが、今ではその重要性がさらに高まっています。顧客の企業に対する信頼が揺らぎ、GoogleやFacebookの広告配信によるリーチが狭まり、購入前に顧客が徹底的な情報収集を行うことも当たり前になりました。その結果、いったん口コミで厳しい評価を受けてしまうと、顧客の獲得を通じて手に入れたはずのエネルギーが失われ、ビジネスの成長が阻害されるようになってしまったのです。

しかし、ファネルの底でエネルギーが失われるのとは対照的に、フライホイールでは、ビジネスの成長を持続させるためにエネルギーを活用できます。しかも、フライホイールはエネルギーを蓄積できるので、さらにエネルギーを加えて回転速度を引き上げれば、ビジネス全体が拡大していくようになります。

フライホイールが重要な理由

ここまで用語の説明が長くなりました。用語の解説記事か、と思われたかもしれません。

もしそうなら、それは誤解です。ビジネスモデルをファネルからフライホイールに移行することによって、優れた意思決定が可能になるということをご説明したいと思っています。

HubSpotの場合、フライホイールへの移行によって、次のような変化が起こりました。

  1. フライホイールが象徴する循環型のプロセスでは、顧客が成長の原動力になります。そこでHubSpotでは、顧客を対象としたマーケティング活動や顧客との関係性の深化、新規顧客のニーズに合わせた導入支援の提供に対する投資を増やしました。また、製品連携のエコシステムを拡大させることで、HubSpotのソフトウェアをご利用の皆様がHubSpot製品から大きな価値を得られるように取り組んでいます。
  2. フライホイールの回転は、摩擦によって止まってしまいます。そこで、摩擦が大きくなりやすい部分を対象として、体系的な投資を実施しています。たとえば、手軽に導入できる高性能なソフトウェアの無料提供、いつでも問い合わせが可能なチャネルの設置、プロスペクトの課題を解決する営業プロセスの実施、顧客への幅広い情報提供などを進めています。

ビジネスの成長を実現するツールとしてのフライホイールの活用

フライホイールに蓄積されるエネルギーの大きさは、次の3つの要因に左右されます。

  1. 回転速度
  2. 摩擦の大きさ
  3. 大きさや重さなどの構成

この3つの要因それぞれについて戦略を立てれば、大きな成果を期待できます。

では、まずは回転速度から見ていきましょう。フライホイールの回転速度は、インパクトの大きい領域にかける推力を増すことでアップします。ファネルでは、顧客を惹きつけて製品やサービスを購入してもらうことにすべてのエネルギーを費やしていましたが、フライホイールでは、顧客の満足度を高め、顧客の成功を支援することにも推力を費やしていきます。

フライホイールでは、あらゆる側面から推力を加えることになるので、その力どうしが反発し合わないようにすることが重要です。たとえば、営業部門とカスタマーサクセス部門の連携が不足していると、顧客満足度の低下と解約件数の増加によって、フライホイールの回転速度が落ちるおそれがあります。また、営業部門とマーケティング部門の方向性の不一致によってフライホイールの回転が失速、というのも典型的な例です。回転速度を維持するには、部門間の連携が欠かせません。

次に、フライホイールの摩擦を軽減するには、効率の悪い部分を特定して、顧客の推進力を損なわないように改善します。具体的には、コンバージョン率を改善し、顧客の満足度をまとめて向上させ、解約件数の増加につながる問題を解決することで、フライホイールの回転速度が上がります。また、摩擦を減らすためには、社内の組織がどのように編成されているかを検討することも不可欠です。組織のサイロ化により、引き継ぎが頻繁になったり、業務が細分化されたりすれば、摩擦の要因になりかねません。

回転速度の向上と摩擦の軽減に成功したら、満足度の高い顧客を増やしていきます。こうすることで、フライホイールの「重さ」が増し、回転によって得られるエネルギーが大きくなります。言い換えれば、顧客の数が増えた分だけ、ビジネスの成長が望めるということです。そして、より多くの製品を顧客に採用してもらうことで、顧客との関係性の「密度」を高めることができれば、フライホイールの推力が増して、さらなる成長を実現できるようになります。

ファネルをフライホイール化するには

昨年開催されたINBOUND 2018の基調講演で、ブライアン・ハリガンはフライホイールを紹介し、この新しい成長モデルにどんなメリットがあるのかについて説明しています。基調講演の中で、ハリガンは参加者に次のような「宿題」を出しました。

  1. フライホイールを使って追跡する主な指標を特定する
  2. フライホイールの各ステージに対する推力の配分を検証する
    • 推力の配分を見直し、顧客満足度と口コミの効果を最大化する
  3. 顧客と従業員の間で摩擦が発生したり、社内で顧客の引き継ぎが行われたりすることで、顧客体験に悪影響が出るポイントを特定する
    • 摩擦が発生するポイントを再調整し、業務の自動化や部門間の目標の共有、組織構造の見直しを通じて、顧客に提供するサービスを改善する

私自身も、ハリガンから出された「宿題」に取り組み、HubSpotのフライホイールについて検証してみました。ここからは、皆様がフライホイールを構築して、ビジネスの成長を実現するためのツールとして活用できるように、HubSpotのフライホイールをベースに説明していきたいと思います。

 

課題1:フライホイールの現状の評価

まず、自社のフライホイールの現状を把握することから始めます。

HubSpotでは、下の図のAttract(惹きつける)、Engage(信頼関係を築く)、Delight(満足させる)の各段階で、顧客やプロスペクトに対して優先的に提供するものが異なります。

inbound_1-1HubSpotでは、各段階を次のように位置付けています。

Attract(惹きつける):自社の専門知識を活かしてコンテンツの作成やコミュニケーションを行い、適切な相手との有意義な関係構築を始める段階

Engage(関係を築く):相手の課題や目標に応じて役に立つ情報や解決手段を提供することで、長期的な関係構築を進める段階

Delight(満足させる):卓越した顧客体験を通じて、顧客にとって本当に価値のあるものを提供すると共に、顧客の目標達成を後押しして、自社のプロモーターになってもらう段階

そして、フライホイールの健全性を評価するために、次の2つの項目について確認しました。

  1. フライホイールの各段階で、どのような投資を実施しているか?
  2. その投資の成果を測定する方法はどのようなものか?

 

項目1:各段階の中心的な戦略の確認

この項目では、Attract、Engage、Delightの各段階を支えるために、自社で実施している主な活動やプログラムを洗い出します。フライホイールの各ステージに対応する活動をすべて書き出しましょう。

企業によっては、1つのフライホイールですべての活動を表現できない場合もあると思いますが、まったく問題はありません。このような場合は、複数のフライホイールが並行して機能していると考えられます。ここでの目的は、ビジネスの中核にある戦略を抽出することなので、各段階で最も重要な活動に注目しましょう。

Attract:HubSpotでは、フライホイールの回転エネルギーを得るために、インバウンドマーケティングの原則を活用しています。Attractの段階では、導入をご検討いただいている皆様に価値を提供できるように、ブログやウェビナー、キャンペーンやSNSのほか、HubSpotアカデミーのレッスンや資格認定コースによる無料コンテンツの提供に取り組んでいます。

Engage:この段階では、プロスペクトが当社の製品を知り、購入してくれる可能性を高められるように、無料版のソフトウェアを提供しています。ユーザーは購入前に製品を試すことができ、有料版にもシームレスに移行できます。

Delight:顧客が自分で学習できるコンテンツと、担当者による支援を組み合わせて、顧客の成功を後押ししています。有料の製品やプランでは製品の導入や戦略の策定に関するアドバイスを提供し、無料の製品やプランには同じく無料の簡易的なサポートを用意しています。また、情報を網羅したユーザーガイドやナレッジベースのコンテンツはすべてのお客様に閲覧いただけるようにしています。

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項目2:投資の成果の測定

この項目では、それぞれの活動で最も重要となる指標を特定します。また、各段階の間のコンバージョン率もチェックし、フライホイール内の摩擦の大きさを把握します。

さらに、指標の数値の増減(前月比または前年比)や全体の合計を記録します。

Attract:この段階で重視する指標は、ウェブサイトの毎月のトラフィックです。ウェブサイトに流入しているトラフィックの量を、前月との比較で測定します。

Engage:HubSpotのフライホイールでは、Engageの段階が2つに分かれています。

第1段階では、フライホイールに新しく入ってくる毎月の無料ユーザーの人数や、無料ユーザーの解約件数に注目します。無料ユーザーの人数が増えるほど、フライホイールの構成が良くなり、強い推進力が生み出されます。

第2段階では、無料ユーザーが製品プランをアップグレードして、有望なリードに転換するポイントを設けています。さらに、このような有望なリードの中で有料の製品やプランへの移行件数や、さらにその中での解約件数を追跡しています。解約はフライホイールの回転速度を下げる要因になります。

Delight:HubSpotでは、顧客を対象としたNPS®(ネット プロモーター スコア)調査を四半期ごとに実施して、プロモーターの人数を追跡しています。プロモーターとは、HubSpotを周りの人に紹介したいと回答した顧客のことです。さらに、プロモーターからパッシブ(中立的な意見の顧客)やデトラクター(批判的な意見の顧客)になってしまった人数も確認しています。

課題2:顧客満足度の最大化

ビジネスの成長が始まったばかりの頃は、フライホイールの中でもAttractとEngageの段階にリソースの大半を集中させることになります。フライホイールの回転に必要な推力が足りるようになるまでには多くの投資が必要なので、これはどうしようもありません。しかし、回転スピードが安定したら、顧客満足度を高めるための取り組みにリソースを配分すべきかどうかを検討しましょう。

というのも、フライホイールがうまく回り始めると、顧客を維持してプロモーターに転換できるようになります。そして、プロモーターが自社のブランドを宣伝したり、新しいビジネスチャンスを持ち込んだりしてくれることで、フライホイールに推力が供給され続けるようになるのです。

この課題2では、フライホイール内の顧客を後押しする「推力」となるような、現在自社で実施している活動やプログラムをチェックし、その活動やプログラムが自社の業務プロセスやお客様のニーズに貢献できるようにデザインされているかどうかを検討します。そして、顧客満足度を最大化するために、現在実施している活動やプログラムの中で修正が必要な点をリストアップしていきます。

HubSpotでは、以上の手順を2018年の初頭に実施しました。その結果、マーケティング、営業、カスタマーサービスの各部門で次のような改善を実現しました。

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このリストは、顧客満足度の向上を目的として実施した変更を網羅したものではなく、中心的な戦略やカスタマーサービス部門の組織構造に関する主な変革の取り組みを挙げたものです。

課題3:摩擦の軽減

フライホイールの摩擦を軽減するには、さまざまな方法があります。

その1つは、フライホイールの各段階の境目におけるコンバージョンの獲得や、取引の成約および解約の発生など、摩擦が起こりやすいポイントをスムーズにすることです。こうしたポイントを特定することは、あまり難しくはありません。というのも、事業活動の一部に注目した指標の分析は、既に進んでいるからです。

難しいのは、事業活動の一部ではなく全体を見ること、つまりフライホイールの抵抗や摩擦の増幅に組織全体の構造が及ぼす影響を検討することです。そこで、この課題では、フライホイールにおける摩擦の原因の中でも対処が難しい、組織構造のあり方に注目していきます。組織のサイロ化によって業務が分断されたり、部門間で顧客の引き継ぎが適切に行われなかったりすると、フライホイールに摩擦を発生させる原因となることがほとんどです。HubSpotでも、ファネル型のモデルを採用していたころの影響で、これらの要因が残っています。

摩擦を軽減するためのステップは、次の4つに分けられます。

  1. 摩擦の発生ポイントを特定する
  2. 自動化できるプロセスを特定する
  3. 目標の共有によって解決できる問題を特定する
  4. 組織構造の再編によって解決できる問題を特定する

では、それぞれのステップを順番に見ていきましょう。

ステップ1:摩擦の発生ポイントを特定する

まずはフライホイールの摩擦が組織内のどこで発生しているかを考えましょう。

外部的な視点からは、自社とのやり取りについて顧客やプロスペクトが不満を感じ、苦情を寄せている領域を検証します。

内部的な視点からは、努力を続けているにもかかわらず改善されない指標や、必要以上に時間のかかっているプロセス、よくある問題の原因について検討します。

以下の表は、HubSpotで実際に検討したときのサンプルです(表の空欄は、この後のステップで記入していきます)。 

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ステップ2:繰り返し発生する作業を特定し、自動化する

次に、顧客やプロスペクトから要望があるものの複雑すぎて人の手には負えないような業務や、自分の所属する部署で繰り返し発生し、機械的に処理できる作業がないかどうかを確認し、そのような作業を自動化することで捻出した時間を、価値の大きい業務に振り向けられないかを検討します。さらに、自社の中心的な戦略の中で、現在は従業員の手だけで実施されているものの、今後は自動化によるサポートが可能な部分がないかどうかも検討します。

HubSpotの場合、フライホイールの摩擦の原因のうち、業務の自動化で解消できたものは以下の表のとおりです。

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ステップ3:目標を再設定し部門間の連携を促す

よくある摩擦の原因として、2つの部門の方向性がまったくの正反対である場合が挙げられます。たとえば、マーケティング部門ではリードの合計獲得数に関する目標を設定することがよくありますが、獲得数の増加がリードの質に直結するとは限りません。

そこで、目標を再設定したり、各部門の方向性を再調整するプロセスを導入したりすることで、特に摩擦の大きい部分を解消できることがあります。HubSpotでは、目標の再設定によって、以下のような摩擦を解消できました。

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ステップ4:組織構造の再編

どんな組織でも、業務の自動化や目標の再設定で解消できない問題は必ず存在します。この場合、組織構造の再編が必要になるかもしれません。

組織構造の再編が必要かどうかを判断するには、以下について確認します。

  • 同じ業務を担当している従業員が、複数の部門に配置されていないか?
  • 各部門の業務が細分化されすぎてはいないか?
  • 組織全体に共通する課題がある場合、それを解決するための専門チームが編成されているか?

HubSpotでは、残りの摩擦の発生ポイントを以下のように解消しました。

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以上がHubSpotのフライホイールの全容です。はじめはフライホイールの導入に積極的ではなかった私も、この枠組みを使用して社内の改善ポイントを検討するようになってからは、すっかりファンになりました。皆様にもフライホイールの導入を強くお勧めします。

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