「1960年代の音楽は今よりもずっと良かった」という声を聞いたことはありませんか? この時代のヒット曲のオンパレードを目にすればその声にうなずいてしまいそうですが、これは生存バイアスの典型的な例です。

何十年もの年月が流れる中で、特に人気のある珠玉の名曲のみが人々の記憶に残り、聴き継がれ、共有されていきます。端的に言えば、当時の人気バンドの作品でさえもほとんどは忘れ去られているのです。

また、音楽業界も変化を遂げ、今ではかつてないほど簡単に大量の音楽を聴いたり、新たに発見したりできるようになりました。その分、傑作に対する駄作の比率も高くなっているようです。

しかし、このことが企業の設立や営業チームの成功と何の関係があるのか、そもそも生存バイアスとは何なのかと疑問に思われた方もいらっしゃると思います。 今回はそんな疑問にお答えします。

「生存者バイアス」とも呼ばれるこの現象は、成功を収めた結果のみを詳しく調査し、それに付随する失敗を見過ごしがちな人間の性質を表しています。私たちはあらゆるデータを検討しないまま意見を採用したり、ビジネスを構築したり、意思決定を行ったりするため、失敗に陥りやすいのです。

生存バイアスの詳細については、以下のTED Talk(英語)をご覧ください。

それでは、ビジネスにおける生存バイアスを回避するためにはどうすれば良いのでしょうか? 生存バイアスとしてよくある9つの例と、それぞれの生存バイアスの防止策をご紹介します。

生存バイアスの例

1. 「戦闘から帰還した戦闘機は、エンジンとコックピット以外のすべての部位に弾痕がある。つまり、エンジンとコックピット以外は装甲を強化する必要がある」

この例はビジネスに直接関係するものではありませんが、生存バイアスという考え方の起源と見なされることが多いため、始めにご紹介します。

第二次世界大戦中、連合軍は戦闘機の装甲を強化する必要があると考えました。しかし、材料に限りがあるため機体全体に追加装甲を施すことはできません。そこで、専門家は最も攻撃を受けやすく、装甲を強化することで最大の効果が得られる部位を特定しなければなりませんでした。

追加装甲の部位を決定する上で、専門家は被弾しながらも無事に帰還した機体を調査しました。調査の結果、帰還した機体のエンジンやコックピットには弾痕がなかったため、必然的にエンジンとコックピット以外のすべての部位の装甲を強化しようという結論に至りました。

幸いにも、数学者のAbraham Wald氏がこの計画の欠陥を指摘しました。無事に帰還した機体しか分析していないことが問題だと主張したのです。つまり、被弾した箇所が機体にとって致命的ではなかったからこそ、その戦闘機は撃墜に至らずに済んだわけです。Wald氏は、帰還した機体の弾痕がなかった部位に装甲を追加することを軍に提案しました。

撃墜された原因を分析することでWald氏は生存バイアスという考え方を生み出し、このことは多くの操縦士の命を救うことにつながったと考えられます。

 

2. 「スティーブ・ジョブズ氏、ビル・ゲイツ氏、マーク・ザッカーバーグ氏は大学を中退して億万長者になったのだから、自分だって中退して億万長者になれる」

Googleで「大学を中退して成功した創業者」と検索してみると、世界屈指の有名企業がいくつかヒットします。ジョブズ氏、ゲイツ氏、ザッカーバーグ氏はいずれも優れたアイデアを胸に躍進し、奇跡的に成功を収めた起業家です。

しかし「多大な努力=必ず成功」という先入観を持ってしまうと、重大な事実を見落とすことになります。大学中退者全体のうち、不運に見舞われている中退者の人数は決して少なくないはずです。

尊敬を集める創業者と成り得たのは確かに懸命な努力があってこそですが、特定の状況でしか起こらなかった数々の出来事によって成功への道が開かれたとも考えられます。実際にある調査によると、米国で並外れた成功を収めた実業家の大部分(具体的には94%)は大学を卒業しています。

成功を収める上で学位は必要ないという仮説は、生存バイアスの一例です。もちろん例外はありますが、入手可能なすべての事実を検討してから結論を下すことが重要です。

3. 「世界で最も大きな成功を収めた起業家の伝記を読めば、成功する方法が分かる」

「成功する人々の毎朝の習慣」、「すべての億万長者に共通する6つの特徴」、「ジェフ・ベゾスが語る成功に必要なたった1つの要因」、こういった記事をついつい読んでしまったという経験はないでしょうか? かく言う私も恥ずかしながら似たような記事に幾度となく飛びついてきました。

私たちは崇拝する人物について学べば同じように成功できると信じてやまないのです。ただし問題は、こういった記事でも詳細な伝記でさえも、成功の追体験に必要なすべてのデータが提示されているわけではないという点です。一般読者は背景にある変動要因を見落としたまま、不十分なデータを基に意思決定を行ってしまいます。

ベゾス氏がAmazonを立ち上げる以前から、同じような事業に挑戦して失敗した人はおそらく何百人もいるでしょう。しかし、そういった人に関する書籍はなかなか見つかりません。成功を収めた人物の成功を再現しようとしても同様の結果が得られるとは限らないということを肝に銘じておきましょう。成功は、努力以外に周囲の環境や要因に大きく左右される場合もあるのです。

4. 「成功を収めた企業のビジネスモデルをまねれば成功できる」

「次なるNetflix」、「○○業界のUber」など、話題のスタートアップ企業に対してこんな表現が使用されているのを目にしたことがあると思います。しかし、米国中小企業庁によると、2年間存続した企業は全体のわずか3分の2で、5年以上だと全体の半分、10年以上になると全体の3分の1になります。

勝算は低く、成功を収めた企業のビジネスモデルに倣うだけでは、同様の成功を収められるとは限りません。

この手の生存バイアスの影響を受けて、多くの創業者は現在の市場、顧客、成長段階に適していないビジネスモデルを採用しようとします。

新規事業を立ち上げる場合には尊敬する企業からインスピレーションを得ることも大切ですが、自社が置かれている現在の市場を評価して、アイデアを成功させるためにどのように進化するべきかを理解することが重要です。

5. 「この製品は他社製品よりも優れているので成功する」

デジタル ビデオ レコーダー(DVR)のTiVoが現在も事業を継続していることをご存じですか? このDVRはいち早く市場に出回り、現在でも優れた製品です。全盛期には「TiVo」が動詞として使われるほど大人気で、バラエティー番組を録画して5年以上はTiVoを使用していたという人も少なくありません。

TiVoの例は、優れた製品であっても使いやすさやブランドロイヤルティーの勝負が始まり、市場に製品があふれる段階になると淘汰されることをよく表しています。高品質の製品やサービスを開発したからといって、当然のように顧客からの支持を集められると考えてはいけません。その典型が、わずか3年前にSketchersが市場シェアでAdidasを上回った一件です。

生存バイアスを回避するためには、直接目に見えない他の変動要因も考慮する必要があります。

 

6. 「営業チームXはこのEメールテンプレートを使用して成約率を35%向上させた。このテンプレートを使用すれば同じ成果を得られる」

「成功する人々の毎朝の習慣」といった記事と同じくらいよく目にするのが、ある1つの変革によって劇的な成果を挙げた企業の事例と、その具体的な方法について説明する記事です。

しかし、生存バイアスから教訓を得るなら、同じような変革を試みてそれほど成果が得られなかった企業についても考慮する必要があります。

営業チームXがこのEメールテンプレートを使用して成約率を35%向上できたのが事実だとします。しかし、それに加えて新しい営業幹部を招き入れたり、報酬制度を改定したり、何ヶ月も滞っていた数件の大口取引が偶然にも成約に至ったりといった事実があっても、記事では言及されていない可能性があります。

このテンプレートの使用が成約率35%向上の唯一の要因だと考え自分たちのチームでも同じような効果を期待すると、高い確率で失望に終わることになります。

7. 「既存の顧客に基づいてARRを計算しよう」

既存の顧客基盤のみに基づいて年間経常収益(ARR)を試算するなら、実際の収益が想定を下回るという厳しい現実を覚悟しなければいけません。

事業計画の中心となるのは確かに既存の顧客基盤ですが、生存バイアスを回避するためには、前年同期の顧客解約率を調査してARRの計算でも考慮に入れる必要があります。

そうすれば、想定される収益をより正確に把握できるため、将来的に見込みが外れて失望したり想定外のキャッシュフロー不足に陥ったりする事態を回避できます。

8. 「満足度の低い顧客に重点的に対応すれば、顧客を維持して解約率を下げることができる」

解約率を下げるために満足度の低い顧客からクレームが来たら真摯に対応しようとしても、その顧客は既に失ったも同然という可能性が高いのです。ある調査では、SaaSユーザーの約半数はアカウントを無効化する2週間以上前に解約の手続きを開始しているという点が指摘されています。

したがって、顧客から苦情メールが送られてこないからといって、顧客が完全に満足しているものと思い込むのは危険です。Net Promoter Score®(NPS®)などのツールを使用して顧客満足度と成長の可能性を測定しましょう。

満足度の高い顧客の声を把握することで不安の兆候を早期に発見し、実際に問題が発生した場合でも顧客が解約を決める前に先回りして対応することができます。

9. 「顧客がこのような機能を求めているのだから、自社の製品/サービスに追加する必要がある」

必要以上に機能を追加してしまう「フィーチャークリープ」という現象は大半の創業者が一度は直面する課題であり、顧客から要望があったという理由だけで事業領域を広げて製品やサービスの機能を開発または実装し始めた場合に起こります。

市場、競合他社、顧客のニーズを把握することは確かに重要ですが、自社の本来の事業目的を見失わないことも同じく重要です。

機能を追加したところで自社の主力製品/サービスの成長の妨げになるのでは、仮に少しは新規の顧客を獲得できたとしても時間と労力に見合うほどの成果とは言えません。

機能を追加するメリットにだけ目を向けるのではなく、生存バイアスを考慮して機能を追加することの影響をあらゆる角度から吟味してください。

生存バイアスを考慮することでこれまでとは違った新たな観点から問題を考えることができます。このような視点の切り替えは多くの起業家が得意とする領域でしょう。意思決定を行う前に、入手可能なあらゆるデータを検討しましょう。それこそがビジネスの成否を決める鍵になるかもしれません。

元記事発行日: 2020年1月09日、最終更新日: 2020年1月10日

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