Web3(Web3.0)とは、ブロックチェーン技術、暗号通貨、NFTを用いて、取引やコミュニケーション、組織づくりの新しい形を可能にする、次世代の分散型インターネットです。
WordPressをはじめとする起業家や企業に大きな影響を与える余地のあるWeb3。この新しいテクノロジーに関するWordPressのプロジェクトやプラグイン開発の動きはすでに始動しています。
Web3によってWordPressがどのように形を変えていくのか、あるいは今どのような変化が起こっているのかを探るべく、WordPressのコミュニティーイベント「WordCamp Europe 2022(WCEU 2022)」で開催されたDave Lockie氏のセッション「WordPressとWeb3のトレンド(創造的破壊、課題、可能性)」(英語)に参加してきました。今回の記事では、皆さまが近い将来に備えられるよう、オープンソースのCMS(コンテンツ マネジメント システム)であるWordPressとその世界規模のコミュニティーにとってWeb3が持つ意味について、このセッションから得られた知見を紹介します。
Web3とWordPressの関係性
Automattic社でWeb3責任者を務めるLockie氏は、Web3を「新しい形の組織づくりやコラボレーションを可能にする分散型のデジタルテクノロジー」と定義しています。そしてこの「新しい形」が、WordPressの利用や開発の可能性を広げることになります。
例えば、Web3テクノロジーの導入によって、ウェブサイト所有者がコンテンツを保護する方法や、訪問者がチケット、講座、製品を購入する方法が一変したり、ウェブサイトへのログインといったユーザーのアクティビティーにこれまでとは違うデータが必要になったりすることが考えられます。Wordpressプラットフォームのための開発における手法や、デザイナーやクリエイターに対する報酬付与の方法にも変化が見られるでしょう。
Lockie氏はWeb3が、「誰でもサイトを公開したり、eコマースを始めたりできるようにする」というWordPressのミッションと根本から一致するテクノロジーであると考えています。同氏はWCEU 2022のセッションで次のように語りました。「Web3は自由な取引を可能にし、これまで叶わなかった境界線のない連携を実現するためのツールを生み出します。インターネットによってアイデアを膨らませ、広範なコミュニケーションが取れるようになったのと同じく、(そうした自由とツールが組み合わさることで)互いに協力して経済活動の規模を拡大できるようになります」
Web3とWordPressがもたらす可能性についての理解を深めるために、WordPressが取り組んでいるプロジェクトやWeb3テクノロジーを利用したプラグインの例を見ていきましょう。
WordPressにおけるWeb3の活用例
Web3がどのように機能し、これをWordPressやその他のオープン ソース ソフトウェアにどのように効果的に組み込めるかについて、Lockie氏が同イベントで発表したいくつかの活用例と、Web3 WPが現在取り組んでいるプロジェクトをご紹介します。Web3 WP(英語)とは、WordPressコミュニティーを未来の分散型インターネットへ導くというミッションの下、WordPress愛好家と企業で構成されたグループです。Lockie氏は、このグループのアドバイザーを務めています。
Writing NFT機能
WordPressにWeb3テクノロジーを活用するメリットの1つに、WordPressで作成した記事をNFT(非代替性トークン)化して公開できるようになることが挙げられます。Web3を活用したブログプラットフォーム「Mirror」では、そのための「Writing NFT」という機能がすでに実装されています。
ブロガーはウェブサイト上でコンテンツを公開するだけでなく、このような機能によりさらなる可能性が生み出されます。Lockie氏によると「ブロックチェーンにタイムスタンプが記録されるため、制作者が権利を主張しやすくなり、さらに販売も可能に」なります。WordPressのユーザーは記事全体、または記事内の画像、動画、ポッドキャストをミント(NFTとして発行)できるようになるでしょう。
「私は、これこそWeb3がもたらす重要な変化の1つであると考えています。Web3によって、クリエイターは今までの枠を超えた創作活動が行えるようになります」(Lockie氏、WCEU 2022)
NFT活用によるWordPressクリエイターの支援
「NFTといえば、あの有名な猿のイラストを思い浮かべる方も多いかもしれません。しかし、作者が希少性や独自性、つまりNFTの名称にもある『非代替性』を主張したいあらゆる資産をNFT化できるのです」とLockie氏は語ります。NFTは、慈善寄付や、講座の修了、業務遂行に対する報酬の支払い、クリエイターへの金銭的支援などの証明としても機能します。NFTの活用は、WordPressコミュニティー全体のモチベーションを刺激し、追い風となるだけでなく、WordPressを使うクリエイターへの支援を強化することにもつながるでしょう。
Lockie氏によれば、この点は極めて重要です。「なぜなら、(クリエイターは)全てを生み出す存在だからです。WordPressのユーザー体験が向上すれば、私やここにいる皆さんの事業や仕事の重要性も高まります」
NFTがクリエイターへの支援強化につながる理由について、Lockie氏は次のように説明します。「NFTを使えば、著作権使用料をプログラミングすることができます。つまり、どのマーケットプレイスでどの参加者がNFTの取引を行ったとしても、クリエイターなどに利益の一部が必ず分配される仕組みを作れるのです。例えば、売上の1%を永続的に受け取ったり、または最初の5回の取引額の10%を受け取ったりするように設定できます」
トークンゲーティング
Lockie氏がもう1つ大きなチャンスを見込める分野として紹介したのが、「トークンゲーティング」です。「ウォレット ファースト エクスペリエンス」とも呼ばれるトークンゲーティングについて、同氏は「Web3ウォレットとさまざまな体験をつなぐことで、オンラインと現実世界の両方の体験の可能性を広げるコンセプトです。そのウォレットに含まれるトークンに応じた体験が可能になります」と説明しています。
同氏によると、例えばeコマースビジネスで優良顧客やコミュニティーメンバーに、限定商品、先行販売、割引、製品のカスタマイズ権などを提供する場合に、トークンゲーティングの手法を活用できます。
また、トークンゲーティングはeコマース業界が直面するボットの問題も解決します。多くのオンラインストアは、限定商品を発売した途端にボットに買い占められてしまう現状に頭を抱えていますが、「トークンゲーティングを使えば、商品を購入できるユーザーと、各ユーザーが購入できる数量を定義できます。ボットによる買い占めは困難になるでしょう」とLockie氏は語ります。
「わぷー(Wapuu)」のNFTコレクション
わぷー(Wapuu)はWordPressの(非)公式マスコットキャラクターです。2011年に初めてのグッズが制作されて以来、世界各地のWordCampで愛されてきました。Web3 WP(英語)はさらに一歩進んだ取り組みとして、2,222種類のユニークなわぷーを作成し、NFTとして発行できるようにしました。これらのNFTは同コミュニティー内で取得して、Ethereumのブロックチェーン上で取引できます。
取引が行われるたびに、WordPress Foundationに著作権使用料の半分が付与されます。そのため、わぷーのNFTを所有することは、WordPressの未来に投資するという意味合いが色濃くなっています。
「いつか、トークンゲーティングに使われる日が来るかもしれません。もしそうでなかったとしても、楽しい取り組みです」とLockie氏は述べます。
WordPressコア コントリビューター コイン
WordPressはオープンソースソフトウェアであり、バグの修正、新機能の開発、その他の機能改良に関して、開発者とコントリビューターのコミュニティーに頼っています。WordPressは、これまでにもFive for the Futureキャンペーンやクレジット/バッジシステムなど、コントリビューターをサポートして報酬を提供する取り組みを実施してきました。
このような取り組みをさらに進めるべく、Web3 WPでは、バージョン0.7から始まる41種類の過去のメジャーリリースに対して、限定エディションを収集できる「WordPressコア コントリビューター」コインを作成しています。コントリビューターには、この希少なコレクターズアイテムが報酬として提供されます。このようにWeb3テクノロジーの機能の一部を活用することにより、これまでは不可能だった方法で、コア コントリビューターにインセンティブを付与できるとWeb3 WPは考えています。
Web3に関連するWordPressプラグイン
暗号通貨やその他のWeb3テクノロジーを利用したいくつかのWordPressプラグインが、すでにWordPressの公式ディレクトリーで提供されています。その一部を以下で見てみましょう(なお、各プラグインのリンク先はいずれも英語ページです)。
1. Unlock Protocol
Unlock Protocolは、自由参加型でWordPressサイトのコンテンツを収益化するのに理想的なプラグインです。
このプラグインでは、GutenbergエディターにUnlock Protocolブロックをドラッグ&ドロップして、記事やページのコンテンツの一部(または全て)にロックをかけることができます。読者がログインしていない場合ブロック内のコンテンツは表示されず、WordPressのログイン情報を入力するか、Ethereumウォレットにリンクされたログインボタンを経由してワンクリックでログインするように促されます。また、読者がログインしている場合も、コンテンツのロックを解除するためのキーを購入しなければブロック内のコンテンツは表示されません。
2. EthPress
EthPressは無料のプラグインで、ユーザーがMetaMaskやその他のWalletConnect対応暗号通貨ウォレットに安全にログインできるようにするためのボタンを、WordPressログイン画面に自動的に追加します。
このプラグインでは、ユーザーが暗号通貨ウォレットにログインした後の動作について、フックを使用してカスタムロジックを追加できます。例えば、login_redirectフックにより、ログイン後にユーザーがリダイレクトされるページを制御できます。
3. WordProof Timestamp
WordProof Timestampを使用すると、あらゆるEOSIOブロックチェーン上にWordPressコンテンツのタイムスタンプを自動的に作成できます。また、ウェブサイト上にブロックチェーン証明書のポップアップを表示し、Proof of Existence(存在証明)としてPDF形式でダウンロード可能にすることができます。さらに、訪問者がコンテンツの変更履歴を確認できるよう、コンテンツ下部にポップアップを表示することもできます。
これらの機能によって、著作権を保護し、読者に対する透明性を確保して、今後のEU規制にも備えられるでしょう。
4. LikeCoin
Like Coinは、パブリッシングサービスを民主化するというLikeCoinのミッションを推進するために開発されました。このプラグインを使用すると、コンテンツのメタデータをInternational Standard Content Number(ISCN)(英語)に登録できます。ISCNは変更不可能なメタデータレジストリーで、コンテンツとクリエイターの関係をブロックチェーン上で記録します。また、ISCNにリンクされたコンテンツを分散ファイルシステムIPFS(英語)に格納し、今後の利用と配布を目的にアクセス可能にすることもできます。従って、ブロックチェーンを基盤とするLikeCoinのレジストリーは、デジタルコンテンツのSingle Source of Truth(信頼できる唯一の情報源)として機能します。
また、コンテンツを制作したクリエイターやレジストリーに登録したキュレーターに、報酬としてLikeCoinトークンを付与する機能も提供しています。このトークンは、法定通貨やBitcoinなどの暗号通貨に交換したり、中央集権型取引所で取引したりすることができます。コンテンツが他のユーザーによって「スーパーライク」された場合、クリエイターにさらに多くのトークンが付与される仕組みになっています。WordPress上でLikeCoinボタンを使用して、これら全ての機能にアクセスできます。
5. Web3 Donations by DePay
Web3 Donations by DePayは、WordPressサイト所有者が暗号通貨によるP2P(ピアツーピア)の寄付を複数のブロックチェーン上で受け取ることを可能にする、初の無料WordPressプラグインです。
WordPressサイト所有者はDePay Donationsブロックを使用して寄付ボタンを簡単に追加し、さらにCSSでカスタマイズできます。ユーザーは、MetaMask、Coinbase Wallet、その他100種類以上の暗号通貨ウォレットを使用して、WalletConnect経由で寄付を送信できます。
今まで、WordPressサイト所有者が暗号通貨による寄付を受け付けたい場合には2つの方法がよく使われていました。1つは、一元化された暗号通貨決済ゲートウェイを使用する方法ですが、この方法には受付可能な暗号通貨の種類が限られてしまうという弱点がありました。もう1つは、ウォレットのアドレスをプレーンテキストで提供する方法ですが、見栄えが良くない上に、監視も困難です。このプラグインは、従来の2つの方法に代わる優れた機能を提供します。
以下の動画で、WordPressサイトにDePay Donationsブロックを実装した場合の様子をご覧いただけます。
Web3によって広がるWordPressの未来
Web3のテクノロジー(ブロックチェーン、暗号通貨、NFT)はすでに、WordPressユーザーによるログインや寄付、またコンテンツの著作権保護に変革をもたらしています。ウェブの新時代にすでに突入している今、ウェブサイト所有者、エンドユーザー、開発者は、プラットフォームの利用と開発にさらなる進展を期待できるでしょう。
Lockie氏はWCEUのセッションを次のように締めくくっています。「Web3は混沌としており、リスクも伴うでしょう。また、全くの新境地であり、万人に受け入れられるものではないかもしれません。しかし、Web3によって世界はさらに良くなると私は信じています。その思いを皆さまと分かち合うことができれば幸いです」
Web3に対してはさまざまな見解があると思いますが、この新時代のインターネットがもたらす可能性とリスクについて学び始めることが重要でしょう。