多くの企業で人材不足が常態化する今、業務効率化・生産性向上は喫緊の課題といえます。そのなかで、課題解決のボトルネックとなりうるのが「属人化」です。属人化した業務があると、業務フローの滞りが発生しやすくなり、担当社員の負担が増大します。効率化を実現し、業務品質を保つためには、まずは「業務標準化」を進める必要があるでしょう。

標準化は、業務効率化だけでなく、最終的には顧客に提供できる商品やサービスの価値向上につながります。今回は、業務標準化について、そのメリットや手順、注意点などを詳しく解説します。
業務標準化とは?

業務標準化とは、業務フローを最適化し、どの社員が担当しても同じ成果を出すためのルールを確立、実行できる状況を指します。同じ業務であっても、社員によってフローや手段が違えば、成果にばらつきが出たり、業務の品質を保てなくなったりするでしょう。業務標準化を進めることで、業務の品質を安定させ、効率化につながります。標準化の実行にはマニュアルやフローチャート、SOP(標準作業手順書)などが役立ちます。
業務標準化を阻む「属人化」のリスク
業務標準化の対義語にあたるのが「属人化」です。特定の業務において、1人の担当者、もしくは限られた人員しか対応できない状態を指します。本来、組織に属するべき業務が個人に依存する形になり、担当者が不在になると、途端に業務が滞ってしまいます。
日本の企業は、規模が大きくなるほど縦割り組織となり、分業化が進みやすいことから、限られた人員で業務を担わなければならない状況がよく見受けられます。しかし、分業化によって業務が属人化してしまうと、業務効率の低下を招きやすいうえに、ミス隠しや不正が行われても気付けない可能性も考えられるでしょう。また、担当者が離職してしまえば、それまでのノウハウが社内ナレッジとして蓄積されないといったリスクもあります。
そのようなリスクを抱える属人化から、標準化への移行を進めることで、リスク回避が可能です。
業務標準化が推進される背景
近年、地方自治体をはじめとする公共機関においても業務標準化が推進されています。業務標準化が推進されている背景には、「終身雇用制度の崩壊」と「働き方改革」の影響が考えられます。
これまでは、ひとつの企業へ長期的に所属することが一般的であり、ノウハウが社内ナレッジとして蓄積されやすい環境にありました。また、引き継ぎまでのスパンが長いこともあり、属人化に対する問題意識が低い状態でした。そのため、部分最適化による業務遂行が行われていました。
しかし、終身雇用制度が崩壊しつつある今、人材の流動化が進み、ノウハウが共有されないまま人材が離職するケースが増えていると考えられます。特に、業務が属人化している場合、担当者が退職すれば、効率的なフローが後任者に共有されなかったり、他の担当者では代行できなかったりするといった問題が発生します。
加えて、昨今の働き方改革により、勤務時間の短縮化、IT化などが進み、生産性の向上がより求められるようになりました。上述したように属人化した業務は、ボトルネックとなりやすいものです。個人に依存する業務フローはではなく、組織としての最適化が求められている今、業務標準化の推進は、属人化の解消と同義であり、さらなる効率化、生産性の向上につながるものとして、多くの企業で急務となる課題といえるでしょう。
業務標準化を推進するメリットは?

業務標準化の代表的な4つのメリットについて解説します。
1. 生産性の向上
業務標準化の大きなメリットは、大幅な業務効率化が期待できる点です。属人化によるブラックボックス化した業務フローを明確にし、誰もが対応できるようになれば、担当者が不在の時でも業務の滞りを防げることに加えて、業務内容が明確になることで効率化につながります。
特に、新入社員や異動してきたばかりの社員にとって、不明瞭な業務フローに対応するのは難しいものです。前任者や周囲に質問をしたり、資料を探したりするといったタイムロスが生じ、業務が滞る原因となる可能性があります。業務標準化によってルールが明確になれば、仕事の処理スピードが向上するだけでなく、曖昧な部分がなくなることでタイムロスが減り、本来の業務に集中できるという利点があります。
2. 業務品質の向上
マニュアルやフローチャートなどの活用により、誰が行っても、同じフローで業務が遂行されるため、組織全体の業務品質が向上します。重要なチェックポイントが共有されるため、抜け漏れやミスが起こりにくくなるのもメリットと言えるでしょう。結果的に、コンプライアンスの強化やコスト削減につながります。顧客対応において標準化が進めば、企業への信頼感も高まり、顧客満足度の向上も期待できます。
3. ノウハウの蓄積
属人化した業務は、ノウハウが蓄積されにくいという難点があります。業務標準化によって、ノウハウの可視化ができれば、社内ナレッジとして蓄積しやすくなるでしょう。担当者が急に不在になったり、退職したりした場合でも、情報やスキルを継承することが可能です。
4. 成果目標を明確に設定しやすくなる
属人化された業務においては、業務フローが曖昧なため、成果は定性分析になりがちです。プロセス評価も大切ですが、標準化によって定量分析ができるようになれば、成果目標も明確に設定しやすくなります。社員側にとっても、目標が具体的になり、実施すべき行動がわかりやすくなるという利点があります。
業務標準化にもデメリットがある?

上記のように、業務標準化には多くのメリットがあります。しかし、必ずしも良い面ばかりではありません。業務標準化のデメリットも確認しておきましょう。
1. 標準化できない業務もある
業務標準化は、スキルを問わず汎用性の高いフローを構築し、最適化する取り組みです。そのため、専門性の高い業務や特殊な業務を標準化しようとすると、高いスキルを求めることになり、人材育成にかけるコストを考えると、汎用化がかえって企業のリスクになる場合もあるでしょう。
このように、一部の専門業務については、属人化している方が、業務効率の向上を見込める場合もあります。また、マニュアル化できない業務プロセスもあるため、全ての業務が標準化できるわけではありません。適材適所で、柔軟に取り組むことが大切です。
2. 社員のモチベーションの低下
マニュアル化された業務はルーティーンになりやすいことから、単調な業務に不満を感じる社員が出てくる恐れがあります。誰もができる業務は、特別感がなく、マンネリ化しやすいため、モチベーション低下を招く可能性があるでしょう。
3. 業務改善が滞る可能性がある
一度、業務標準化されたフローは、機械的に継続され、改善のきっかけを失ってしまう恐れがあります。マニュアル通りに進めることを徹底する組織風土では、社員から改善案を提示されても、内容の変更に二の足を踏んでしまうかもしれません。単一化したルールに固執すると、組織の発展を妨げる可能性があることに注意が必要です。
業務標準化には、上記のようなデメリットがありますが、いずれも業務標準化の進め方によって解消される部分がほとんどです。デメリットを回避できるよう、効果的な標準化を進める必要があります。
業務標準化を推進するための8ステップ

では、効果的に業務標準化を進めるにはどうすればよいのでしょうか。具体的な手順を8つのステップに分けて解説します。
1. 現状把握と分析
まずは、「どの業務プロセスで滞りがあるのか」、「業務効率が下がっているのか」、また、「属人化している業務はどれか」といった視点で、現状を把握することから始めます。定性的な調査に偏らず、定量評価による明確な選択基準を設けると良いでしょう。
2. 標準化を優先すべき業務を決定する
分析結果により、優先的に標準化に取り組む必要がある業務を選定します。属人化している業務ばかりに注目するのではなく、戦略的な視点も欠かせません。標準化による改善効果が高い業務を優先するのも一案です。ただし、一度に複数の業務改善を目指すと、収拾がつかなくなる可能性があるため、緊急性と優先度を考えて、標準化を進めるべき業務を決定します。
3. 標準化の条件を明確にする
特定した業務の標準化に向けて、細かい条件を明確にします。コンプライアンス順守や納期優先など、業務遂行に不可欠な条件を盛り込んだうえで、業務フローの分析を行いましょう。
4. 業務フローを整理・分析
業務フローを整理・分析するために、担当者にヒアリングを行い、詳細を確認します。フローチャートなどを活用し、見える化するのがポイントです。作業工程や作業頻度、難易度などを定量化し、分析結果に基づいて問題点を洗い出します。
5. 業務フロー設計(マニュアル化)
業務フローの改善も加味しながら、具体的な手順を設計します。マニュアル化においては重要なチェックポイントを明示しながら、細かい動作レベルまで落とし込み、同時にSOP(標準作業手順書)の作成を検討します。
ただし、既存システムの活用や新しくシステムの導入を考える場合には、システムの条件に沿ったフローを検討する必要があります。また、業務内容によっては、マニュアル化することでかえってトラブルを招くケースもありえます。特に、カスタマーサポートの個別対応や接客、営業などはマニュアル化による弊害も予測されます。業務フローのなかで、どこまでマニュアル化できるのかを適宜判断する必要があるでしょう。
6. トラブル発生時の対応マニュアルを作成
マニュアルにないトラブルが発生した場合の対応法を事前に検討します。想定されるトラブルと対応法、最終管理者などを決定し、イレギュラー対応時のフローも作成しておきましょう。また、一定以上のスキルや経験がない社員でも対応できるよう、基本のQ&Aなどを作成しておくのも一案です。
7. 一時的に分業化し、状況を確認
作成したマニュアルに従って、一時的に業務を分散させ、「プレ標準化」を進めます。担当者だけでなく、その他の社員からもフィードバックを受ける良い機会です。改善点があれば修正し、マニュアルをブラッシュアップしていくとよいでしょう。標準化の実施は、一気に切り替えるのではなく、調整を行いながら進めることがポイントです。
8. PDCAを回して、最適なフローへの改善を行う
マニュアルは一度作成したら終わりではありません。常にPDCAを回しながら、より効率の良い、汎用性のあるフローに改善していく必要があります。定量分析ができるよう、あらかじめ指標を決めておくことも大切です。
業務標準化を成功させた国内事例

ここでは、業務標準化によって成果を上げた企業事例を紹介します。
外部委託による業務の可視化で、属人化を解消(三井生命保険株式会社)
保険商材を扱う三井生命保険株式会社(現:大樹生命保険株式会社)は、契約時における業務の一部が属人化し、生産性や品質にばらつきが発生していました。また、ベテラン担当者の定年退職時に、ノウハウが継承されないといった問題を抱えていたようです。
そこで、業務改善プロジェクトとして、外部委託による業務の可視化を実行しています。
可視化のためのマニュアル作成にあたっては、すべての組織の記述のレベルを統一して体系化することを意識し、実績を把握できる仕組みづくりを進めたところ、属人化が解消し、安定した業務品質を保てるようになったといいます。さらに、労働時間の削減やミスの減少といった成果も上がっています。
参照:業務可視化サービス導入事例 三井生命保険株式会社様(現 大樹生命保険株式会社様)|オージス総研
業務の可視化で再現性を向上。ナレッジ蓄積に(株式会社コルク)
クリエイターとファンをつなげるエージェンシーである株式会社コルクは、マネジメントにおける業務オペレーションにおいてさまざまな課題を抱えていました。システムの導入により、フォーマットを統一し、ナレッジを蓄積しやすい環境を整えたことで、業務の再現性を高め、属人化の解消を成功させています。
参照:「チームのナレッジが属人化の解消と業務の再現性を向上」:株式会社コルク 様|toasterteam
標準化のルールを定着させるためのポイント

マニュアル化やSOP(標準作業手順書)の作成によって業務標準化に取り組んだとしても、組織内で定着しなければ意味がありません。再度、属人化してしまわないように課題となりやすいポイントを踏まえて実行しましょう。
業務標準化後のマネジメントを考える
標準化を進めると言っても、やみくもに手を付けているとかえって連携がとれなくなる場合があります。事前に業務の棚卸しを行い、標準化を進めるべき業務の優先順位をしっかり決めておくことが大切です。また、一度に複数の業務を標準化する場合には、マニュアル作成とともに、管理者の決定を行う必要があります。その後のマネジメントを踏まえた社内整備を行いましょう。
業務標準化の目的を事前に共有する
企業のトップ層だけが業務標準化をうたっても、実際に対応する現場の社員がその目的を理解できていないと定着しづらいものです。何のために標準化するのかを、事前に周知、共有しておくことが重要です。特に、標準化される業務に携わる関係者には、研修とともに、目的を理解してもらう時間を設けると良いでしょう。一方的に実施するのではなく、コミュニケーションをとりながら進める必要があります。
マニュアル作成をゴールにしない
業務標準化は、定着してこそ成果につながるものです。マニュアル作成に時間をかけるあまり、本来の目的を忘れないよう注意が必要です。マニュアル作成自体はゴールではありません。マニュアルを活用しながら、業務標準化を定着させ、成果を上げるのがゴールであることを理解しておきましょう。
実施後の分析と改善が欠かせない
マニュアルは常に更新が必要であり、完成するものではありません。スキルの異なる社員が担当する以上、常に必要な情報が増え、改善が求められるでしょう。実行者へのヒアリングはもちろんのこと、業務に携わる他の関係者からもフィードバックを得ながら、最適化を進めるのがポイントです。
また、定期的にPDCAを回し、改善に取り組むことも大切です。その際、成果を確認できるよう指標を設定しておきましょう。ただし、単独の指標を設定するのではなく、企業指針としてのKPI設定に基づいていることが前提です。業務標準化を進める本来の目的を意識し、何をもって成果とするのかを明確化しましょう。業務フローの改善とともに、標準化へのプロセスについても見える化しておくと良いでしょう。
社員の意見を取り入れる
先にもお伝えしたように、業務標準化には、社員のモチベーション低下を招くリスクがあります。標準化は、機械的に実施するものではなく、人材育成の一環ともいえるものです。社員から出た改善策や提案などは、柔軟に検討、取り入れることでモチベーションの維持に役立ちます。相乗効果として、業務フローの最適化も進むでしょう。
業務標準化の先にあるのは、顧客体験の向上
業務標準化を進めることで、業務効率化や生産性向上、業務品質の安定を実現し、属人化の解消につながります。風通しの良い業務フローになるだけでなく、最終的には顧客に提供できる価値を高めることにもなるでしょう。
ただし、標準化は、マニュアルを作成したら終わりではありません。作成後も、定期的にPDCAを回しながら改善に取り組むことが大切です。また、定着に向けた社内環境の整備も欠かせません。成果が見える業務標準化となるように、戦略的に考え、実行しましょう。

