企業競争が激化する昨今において、商品スペックのみで差異化をはかるのは難しいものです。市場では自社とよく似た商品・サービスが多く、どの部分に顧客価値を持たせれば良いか悩んでいるマーケティング担当者もいらっしゃるのではないでしょうか。
顧客価値とは、顧客が特定の商品やサービスに抱く適正価値のことです。顧客が価値を感じるのは、商品・サービスの価格や価値だけではなく、スタッフの対応、店の雰囲気などさまざまな要素があります。そのため、競合他社と差異化をはかるには、顧客が価値を感じる要素を明らかにし、ニーズに合う適切な施策を実施することが大切です。
本記事では、顧客価値の4段階や向上させる方法をご紹介します。また、既存の価値をただ強化するだけではなく、顧客に期待以上の感動を与えられる予想外価値を創造する方法も解説します。ぜひ、自社の顧客価値の向上や創出にお役立てください。
顧客価値(カスタマーバリュー)とは
顧客価値(カスタマーバリュー)とは、顧客が特定の商品やサービスに対してお金を支払っても良いと感じる価値のことです。商品やサービスの多様化が進む現代で競合他社と差異化をはかるためには、顧客価値を意識したマーケティングが欠かせません。
顧客価値は商品・サービスの品質だけではなく、ブランドイメージや従業員の対応などによっても変わります。そのため、商品の購入前からアフターフォローまでの総合的な対応が求められます。
顧客価値がマーケティングで重要視される理由
マーケティングで顧客価値が重要な理由は、機能的価値による競合との差異化が難しいためです。
顧客価値には、商品やサービスの機能から得られる機能的価値と商品やサービスを利用することで感動や満足喜びを感じる体験価値があります。
技術の加速度的な発展とグローバル競争の激化により、商品やサービスのモジュール化が進む昨今において、機能的価値のみで差異化をはかるのはますます困難になってきています。例えば、一度市場に投入された商品やサービスの一部の機能を再設計し直す(モジュール化)ことで、同じような仕様で販売できるケースは容易に想像できるでしょう。
このような環境下において売上やシェアの拡大を果たすためには、顧客がどのような点に価値を感じているのかを的確に見極めることが大切です。
他社との差異化をはかるには、現状の機能を拡充して「質の良い商品」を目指すのか、機能的価値とは別に体験価値を醸成するのか。それとも、これらを上回る予想外価値の提供、いわゆる「価値創造」に舵を切るのかを判断し、いかにして顧客価値を明確にするかが重要となります。
ビジネスで知っておきたい顧客価値の4段階
マーケティングでは顧客との継続的な関係を構築し、顧客価値を維持することが重要です。
次のピラミッドは、顧客価値を構成する4つの概念と、顧客が感じる価値の3階層を示しています。両者を比較すると、顧客価値を継続的に維持する重要性が鮮明に伝わってきます。
先述した「予想外価値」は、顧客価値のなかでも最上位に位置します。予想外価値を提供できれば顧客は驚きと喜びを感じ、この企業とつながりつづけたい、と感じるようになります。つまり、「つながっている価値」は、顧客が感じる最高級の価値だといえるでしょう。
競合他社と差異化できるよう、自社にしかない予想外価値を創造するには、顧客価値を構成する4段階の特徴を理解することが大切です。
ここでは、各段階の特徴を具体的に解説します。
1. 基本価値
基本価値は、商品やサービスに不可欠な価値を指します。顧客が最低限求めている、あるいは、提供されて当然だと思っている機能のことです。基本価値が不足した商品やサービスはクレームや取引中止につながります。
▼基本価値の例
- レストランの基本価値は「お客様に食事を提供すること」
- レストランで食事が提供されないとクレームにつながる
2. 期待価値
期待価値は、商品やサービスに対して、顧客が当然期待する価値を指します。基本価値の一つ上に位置する概念です。期待価値が満たされない場合、クレームにまで発展しなくても、リピートにつながらない可能性があります。
▼期待価値の例
- レストランの期待価値は「料理の味や量、店の雰囲気」
- 「思ったよりも料理が美味しくない、量が少ない」と感じた顧客は、二度とその店を利用しない可能性がある
- 顧客が期待する十分な味や量であれば再訪問につながり、既存顧客を維持できる
3. 願望価値
願望価値は、顧客は期待していないが、実現できれば高く評価される価値です。期待価値よりもさらに上位の概念です。顧客が期待する価値を上回る商品やサービスを提供できれば、願望価値が満たされて高い評価を得られるため、リピート率や購買単価の向上が見込めます。
▼願望価値の例
- レストランの願望価値は「個性的なサービス」
- 来店ごとにポイントが貯まる。貯まったポイントに応じて会員ランクが上がり、割引サービスを受けられるほか、豪華特典が当たる抽選にも参加できる
- ランク区分というゲーム性を持たせることで、顧客の再来店意欲を高められる
4. 予想外価値
予想外価値は、顧客の期待や要望をはるかに上回る価値で、顧客に感動を与えられ良い評価を創出する価値でもあります。顧客価値の最上位に位置する概念です。
予想外価値を感じた顧客は満足度が高まり、ロイヤルカスタマーになる可能性があります。企業にとっては、LTV(顧客生涯価値)の向上や安定した売上の確保が期待できるでしょう。ただし、予想外価値を与え続けることは難しく、持続性に欠ける点には留意が必要です。
▼予想外価値の例
- レストランの予想外価値は「来店客に感動を与えるコミュニケーション」
- 来店客の誕生日にサプライズイベントを実施
- イベントに感動した顧客がファンになってくれる可能性がある
顧客価値を高めるために取り組みたいこと
顧客価値は、基本価値から期待価値、願望価値へと段階的に引き上げることが可能です。顧客価値を高めることで、単なる顧客がロイヤルカスタマーに生まれ変わり、安定した売上を確保できます。ここでは、顧客価値を高めるポイントを解説します。
1. コンセプトに合わせて提供する価値を統一する
自社のコンセプトにもとづいて適切な顧客価値を定めましょう。顧客価値を定義する際は、商品・サービスを価格や機能、バリエーション、顧客サポートなどの要素に分解し、それぞれの領域で顧客が求めている価値を考えることが大切です。
また、提供する価値が分散しないよう、コンセプトに合わせて提供する価値を統一します。
例えば、「シンプルなメニュー構成」に定評のある飲食店がバリエーションを増やすと、顧客離れを引き起こす可能性があるでしょう。ほかにも、ペルソナを絞り込まずに幅広いターゲットを相手にしてしまうと、提供する価値が分散し、1人の顧客が感じる価値が小さくなってしまうため注意が必要です。
2. 顕在ニーズと潜在ニーズを把握する
顧客のニーズには、「顕在ニーズ」と「潜在ニーズ」の2つの種類があります。顕在ニーズは顧客自身が欲しい価値を自覚している状態、潜在ニーズは顧客自身が把握していない何らかの欲求がある状態を指します。
例えば、「ぐっすり眠れる寝具が欲しい」という願望は、顧客が欲しい機能的価値を把握しているので顕在ニーズです。一方、心の底では「疲れをとりたい」「美容のために十分な睡眠時間を確保したい」といった潜在ニーズを抱えているかもしれません。
潜在ニーズを解決する商品やサービスは寝具だけではなく、マッサージチェアやエステなどの選択肢も考えられます。そのため、顕在ニーズに加えて潜在ニーズも理解しなければ、顧客が寝具以外の商品に流れてしまう可能性があります。
反対に、潜在ニーズを把握できれば、「寝具タイプのマッサージ器」や「美容寝具」などを開発して顧客価値を高められるでしょう。その結果、ロイヤルカスタマーの創出につながります。
3. リテンションマーケティングを活用する
リテンションとは「既存顧客との関係維持」を意味します。サブスクリプション型のビジネスではリテンション率(顧客維持率)としても活用されています。リテンションマーケティングとは、既存顧客との関係を維持・強化するための施策です。
新規顧客の創出は経営戦略に欠かせません。しかし、費用対効果の観点では、新規顧客の創出と同等か、それ以上に既存顧客との信頼関係の維持が重要です。リテンションを向上させてロイヤルカスタマーへと醸成できれば、SNSや口コミで自社の商品やサービスを紹介してくれるかもしれません。その結果、新規顧客の創出よりもコストをかけずに利益率を上げられます。
具体的には、既存顧客向けのキャンペーンや継続的な情報発信などを行って顧客満足度の向上をはかります。
リテンションマーケティングの実施ステップや活用方法を知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
4. 体験価値を提供し続ける
顧客価値には、商品やサービスそのものが顧客に与える機能的価値のほか、商品やサービスを通して得られる体験価値も含まれます。
体験価値を提供している企業例は次の通りです。
- Instagram:写真や動画を投稿して他者とコミュニケーションができる体験
- Airbnb:国や地域文化、ライフスタイルを含む滞在地での体験
- パタゴニア:製品を身に付けることで得られる環境保護への貢献
- note:人とつながり、コンテンツを共有する体験
これらの例からわかる通り、「モノの所有」ではなく、「商品・サービスの利用体験」や「体験から得られる成果」を重視して購買活動を行う消費者も多く存在します。
例えば、サブスクリプション型のビジネスでは、音楽や映画をはじめソフトウェアなども、「所有」から「利用・成果重視」へと移行しています。気軽にサービスを解約できるからこそ、企業は顧客に対して体験価値を提供し続ける必要があるのです。
顧客にとって魅力的な体験価値を提供することで、商品やサービスの継続率向上が見込めるでしょう。
5. 構成要素をもとに顧客価値を算出・分析する
顧客価値を高めるためには、適切な方法で顧客価値を算出する必要があります。そのうえで数値的な顧客価値を分析し、ニーズに合う施策へと落とし込むことが大切です。
顧客価値は次の計算式で求められます。
- 顧客価値 =(顧客が企業から受け取る価値(A)-顧客が支払うコスト(B)) × 全プロダクト
顧客が企業から受け取る価値(A)は、商品やサービスの機能、価格、スタッフの対応など、数多くの要素によって成り立っています。このような要素の価値を数値で表すには、アンケートやインタビューなどで顧客の意見を集めると良いでしょう。
6. CRMやMAを活用する
CRM(顧客管理システム)とは、顧客の属性データや行動履歴などの情報を一元管理できるツールです。顧客に関する情報をリアルタイムで把握し、関連部署とも円滑に情報共有できるため、適切なタイミングでの価値提供が可能になります。そのため、既存顧客との関係強化に有効です。
MA(マーケティングオートメーション)は、マーケティング活動を効率化するツールや仕組みです。顧客や見込み客の属性や行動履歴をもとに商品やサービスへの関心度をスコアとして評価できるため、顧客ニーズを正確に把握したい場合に役立ちます。
顧客価値を高めるためには、まず顧客の行動傾向やニーズを把握することが大切です。CRMやMAによって顧客情報を可視化することで、顧客価値向上につながる計画を立案しやすくなります。
おすすめのCRMやMAを知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
顧客価値を新しく創造することも重要
前章でお伝えした顧客価値を高める方法は、既存の基本価値や期待価値を向上させる手段でした。一方で顧客に、予想外価値を提供するためには、顧客価値を一から創造する必要があります。
基本価値や期待価値は、商品やサービスの基本的な機能にしかすぎないため、競合他社に模倣されやすい傾向があります。基本価値や期待価値を向上させてもすぐに競合他社に追いつかれる可能性があり、結果としていたちごっこになりかねません。
このような事態を打開するには、予想外価値を創出することが重要となります。予想外価値は、競合他社との単なる機能や価格による差異ではなく、顧客が個別に感じうる感動的な体験です。競合他社が容易に真似できない要素だからこそ、予想外価値は自社独自の大きな強みとなります。
顧客価値の創出に成功した企業事例
予想外価値を提供できれば、顧客は体験を通じて感動し、ロイヤルカスタマーへと醸成されるでしょう。しかし、予想外価値は顧客価値のなかでも最上位概念であるため、具体的なアイデアを考えるのは難しいものです。ここからは予想外価値を提供している企業事例をご紹介します。
スターバックス
スターバックスは米国ワシントン州シアトルで創業したコーヒーチェーン店で、現在は世界規模で展開しています。スターバックスが多くの人々に支持される背景には、単に「美味しいコーヒー」に限らない顧客価値が存在します。
スターバックスコーヒーの店内に一歩足を踏み入れると、インテリアや店員の応対、高度にオペレーション化されつつも人間味あふれるドリンクづくりなど、来店客は一般的なチェーン店にはないさまざまな違いを味わえます。
スターバックスコーヒーは、コア・コンセプトを「サードプレイスであること」としています。サードプレイスとは、自宅や職場・学校などとは隔離された「心地好い第三の居場所」のことです。
美味しいコーヒーを提供し、顧客にとっての基本価値や期待価値を実現するのはもちろん、サードプレイスの提供によって、顧客の願望価値や予想外価値を届けることに成功しています。
ザッポス・ドットコム
ザッポスは、米国ネバダ州ラスベガスに本拠を構え、靴のECサイトを展開している企業です。
ザッポスのコアバリューにおける最優先事項は、「deliver WOW through service(サービスを通じて『ワオ!』を届けよう)」とされています。つまり、顧客にとって予想外の価値を提供することです。
次にお伝えする話は、ザッポスが顧客に予想外価値を提供したひとつの事例です。
- ある女性がザッポスで靴を購入した
- その直後、女性の母親が病気で亡くなった
- 女性のもとにザッポスから靴の具合を尋ねるメールが届いた
- 女性は「母親が亡くなり、新しい靴を履いていない。そのため、靴は返品したい。」とメールを返信した
- すると、ザッポスから宅配の集荷サービスを送る旨の返信が届いた
- ザッポスのサービスポリシーには、「返品の送料は無料だが、返品者は集荷場まで靴を持っていかなければいけない」という取り決めがあり、そのことを女性も知っていた
- しかし、その取り決めを変更して、自宅まで集荷を送ってくれたザッポスに対して、女性は深い感動を覚えた
- 加えて後日、女性の自宅には、ザッポスからお悔やみの花束が届けられた
- 女性は感極まり、その際のエピソードと自身が抱いた感情をブログで表現し、「もし、ネットで靴を買うのならば、ザッポスから買うことをおすすめします」というメッセージを記した
これは顧客にとっての予想外価値を提供することに成功し、そのことが良い口コミを発生させたケースだといえるでしょう。
株式会社再春館製薬所
ドモホルンリンクルをはじめとする化粧品を販売する株式会社再春館製薬所は、「お客様に感動を伝える」という使命のもとで顧客応対を行っています。具体的には、顧客との接点としてコンタクトセンターを設置、「お客様プリーザー」と呼ばれる社員が電話、メール、チャットを通じて応対しています。さらに、「お客様満足室」という部署を設け、お客様プリーザーの応対内容や、「お客様意見交換会」に寄せられる顧客の声を集約して、感動的な体験価値の提供へと活かしています。
例えば、お客様意見交換会に参加した顧客からの「化粧水のキャップが開けにくい」という意見に対し、濡れた手でも開閉しやすいエラストマー樹脂を用いた「しっくりおむすびキャップ」を開発。また、濡れた手で容器を持ちにくいという意見に対しても、くびれや凹みのある「しっくりボトル」を採用しました。
容器一つを取っても、顧客をいかにして感動させるかという同社の思想がよく現れている事例だといえます。同時に、感動的な体験価値の提供に貢献した従業員に贈られる「お客様感動賞」といった、従業員のモチベーションアップにつながる仕組みが整っているのも注目すべきポイントです。
顧客価値の向上から創出へと結び付けよう
他社と差異化し売上拡大・シェア向上を果たすためには、顧客がどのような点に価値を感じているのかを的確に見極める必要があります。顧客価値をふまえたコミュニケーションを徹底できれば、機能や価格による勝負から抜け出せるでしょう。
基本価値や期待価値は他社が模倣しやすいため、向上させてもすぐに競合に追いつかれる可能性があります。その点、競合他社が簡単に真似できない予想外価値を生み出せば、自社独自の強みとなります。
単に顧客価値を向上させるだけではなく、新たな顧客価値を創出するためには、カスタマーサクセスへの取り組みがカギを握ります。こちらの記事で詳しく解説しているので、ぜひこの機会にカスタマーサクセスに取り組んでみてください。