SaaSビジネスに関与する方であれば、必ず耳にしたことがあるであろうキーワード「MRR(Montly Recurring Revenue)」。
みなさんは、MRRを味方にした事業運営ができているでしょうか。

MRRには様々な種類があり、注視すべきMRRはビジネスのフェーズによって大きく変わってきます。
自社ビジネスのフェーズにあったMRRの現状把握と改善策の立案ができなければ、経営者や投資家から予算を得ることもできなくなってしまいます。
本稿では、MRRが注目されるようになった背景や、投資家のMRRに対する目線を解説し、SaaSビジネスの成長を左右するMRRの向上策について解説していきます。
MRR(Monthly Recurring Revenue)とは?
MRR(Monthly Recurring Revenue)は、日本語で「月次経常収益」と表現されます。簡単に言えば「毎月決まって発生する売上」を指し、その月にだけ発生した売上とは区別されます。
毎月発生する売上は、状況に何も変化がなければ前月と同じ額で推移します。一方、MRRが前月よりも増加すれば、その事業は成長性が見込めると判断できます。
MRRの活用シーン
MRRは毎月必ず発生する売上を指すため、そのようなビジネス、つまりサブスクリプション型の商品・サービスを展開しているSaaSビジネスにおいて活用される指標です。
サブスクリプション型サービスには、音楽の聴き放題やオンラインストレージの利用、ファンクラブ等の月額費、食材の定期購入サービスなどが挙げられます。
一方で、サブスクリプション型の収入が発生しないWebサイト制作、実店舗運営などにおいては重要な指標ではありません。
MRRは投資家からも注目される指標
MRRはSaaSビジネスにおいて目標として追いやすい指標であることは想像に難くありませんが、投資家など外部から注目される指標でもあります。
投資家はSaaSビジネスを評価する際、その事業の「成長性」「効率性」「継続性」の3点を注視します。
特にMRRは事業の成長性が如実に現れるため、企業は事業への投資を行ってもらうためにMRRで良好な数値を出せるよう努力する必要があります。
MRRの4つの“増減”
SaaSビジネスにおいては、毎月新しく契約してくれる顧客もいれば解約する顧客もあります。この増減を現す言葉として以下の4つがあり、KPI設計などに欠かせないものとなっています。
- New MRR
- Expansion MRR
- Downgrade MRR
- Churn MRR
4つのうち上2つ(New MRR・Expansion MRR)は、「前月より増えた」MRRです。
一方、残りの下2つ(Downgrade MRR・Churn MRR)は「前月より減った」MRRを指します。
前月のMRRから増えた分を足し、減った分を引けば今月のMRRが算出されます。
New MRR
サブスクリプション型サービスへの新しい入会など、「新しく増えた」売上がNew MRRです。
サービスの開始直後は、New MRRが大きな割合を占めます。
Expansion MRR
サブスクリプション型サービスに複数のグレードのプランがある場合、下のプランから上のプランへ変更する顧客があると、売上は増加します。
この分をExpansion MRRと言います。
Downgrade MRR
Expansion MRRとは逆で、上のプランから下のプランへの変更があって売上が減少した分がDowngrade MRRです。
Churn MRR
New MRRとは逆で、サービスの解約があって売上が減った分をChurn MRRと言います。
Churn MRRはできるだけ少ないほうが望ましいと言えます。
MRRの算出方法
MRRの算出は決して難しくはありません。
基本的な計算方法
MRRは「契約数」と「月の支払額」の掛け算で算出できます。
例えば、月5,000円のプランに100名、月1,000円のプランに10名の契約がある場合、その月のMRRは、
5,000×100+1,000×10=600,000
となります。
次の月も、その次の月も同じように計算できますが、先ほどご紹介した4つのMRRを考慮することで、「どのように変化したのか」が見えるようになります。計算式としては、以下のようになります。
- 今月のMRR=前月のMRR+New MRR+Expansion MRR-Downgrade MRR-Churn MRR
このように4つの増減を考慮して計算することで、MRRがなぜ増えたか・減ったのかを把握できるようになります。
MRR計算の注意点 - 含める金額、含めない金額
MRRを算出する上で、毎月の売上に含めて良いのかどうか難しいものが出てきます。以下を参考にしてください。
サブスクリプション型サービスにおいて、無料期間を設けている場合、その期間は顧客の利用の実態があっても「MRRには含まない」です。同じように、期間限定で割引を実施している場合も、実際に発生している金額を計上します。
顧客からの支払いが遅延した場合は、利用実態があり、請求が発生していれば、「MRRに含む」です。
初期費用やコンサルティング費用、その月だけ追加で支払ったオプションなど、同じ顧客でもサブスクリプション型サービス外で発生した売上は「MRRには含まない」です。
MRRとARRの違い
MRRと似たような言葉に「ARR」があります。ARR(Annual Recurring Revenue)は「年次経常収益」を意味する言葉で、毎年決まって発生する売上を指します。
BtoBのSaaSビジネスにおいては割引のある年間プランが選ばれることも多く、その場合はARRを算出して経営戦略上の指標とします。
同じサービス内容でも料金に違いがあれば、MRRとARRは別で計算しなければなりませんが、MRRを単純に12倍にすればARRを算出することもできます。
このように、請求期間の違う売上がある場合、一方の期間に合わせて計算することで事業全体のMRRあるいはARRを算出することも可能です。
投資家が注視するSaaS Quick Ratio
当たり前ですが、投資家は「New MRR」と「Expansion MRR」が大きく、「Downgrade MRR」と「Churn MRR」が小さいビジネスを好んで投資判断を下します。
中でも、ミドルステージ以降のSaaSビジネスにおいて注目度の高い指標が、4つの指標を総評する「SaaS Quick Ratio」です。
SaaS Quick Ratioは以下の通りに算出されます。
- SaaS Quick Ratio(%) = (New MRR + Expansion MRR) ÷ (Churn MRR + Downgrade MRR)
計算式を見て分かる通り、SaaS Quick Ratioは増えた分と減った分の割合を意味します。増えた売上と減った売上が同額であれば、SaaS Quick Ratioは「1」となります。
SaaS Quick Ratioを見ることで顧客ロイヤルティを担保できているかを測れますが、ビジネスの初期段階であればNew MRRが多くChurn MRRが少ない傾向にあるため、SaaS Quick Ratioはあまり重要視されません。
ビジネスがある程度進んでいくとChurn MRRやDowngrade MRRが増えてくるため、SaaS Quick Ratioがどれだけ高く維持できるかが重要になってきます。
ご参考までに、SaaS Quick Ratioの数値に対する大枠の捉え方をご紹介いたします。

Quick Ratioが1未満の場合
ビジネスが縮小中であり、将来性は極めて低いと捉えられます。
Quick Ratioが1以上4未満の場合
一見すると好調にも見えますが、顧客開拓が鈍化した途端に成長が止まるビジネスであると捉えられます。
つまり、時間の経過(市場占有度の拡大)とともに、縮小へ向かうことが予想されるビジネスです。
Quick Ratioが4以上の場合
効率的にビジネスが成長していると捉えられます。「年間成長率が50%を超えるSaaS企業のQuick Ratioの平均値は4」というデータも出ています。
MRRの向上策
それではMRRを向上させていくために、どのような施策が必要となるでしょうか。それは、どのMRRがボトルネックになっているかによって変わってきます。
- New MRRがボトルネック
新規顧客獲得に向け、「リード数の増加」か「コンバージョン率の向上」を実現する施策が求められていると考えられます。
- Downgrade MRRがボトルネック
サービス利用頻度の向上に向け、「オンボーディング」や「ユーザーサポート」の強化を実現する施策が求められていると考えられます。
- Expansion MRRがボトルネック
購入頻度の向上やアップセル/クロスセルの実現に向けて「顧客ロイヤリティの向上」を実現する施策が求められていると考えられます。
- Churn MRRがボトルネック
解約防止に向け、顧客の声に耳に傾けて「サービス改善」を行い、同時に「オンボーディング」や「ユーザーサポートの強化」を実現する施策が求められていると考えられます。カスタマーサクセスの考え方や専門部門を立ち上げるのも有効でしょう。
一方で、多くのSaaSビジネスではまず「Churn MRR」の改善を優先的に狙っていくべきだとされています。
以下は、米大手コンサルティング会社の名誉ディレクターであるフレデリック・F・ライクヘルドによって立証されている内容です。
- 新規顧客への販売コストに比べ、既存顧客への販売コストは5分の1で済む
- 解約率を5%改善すれば、利益は25%改善する
つまり、New MRRの改善を目指すよりも既存顧客に向けたChurn MRRの改善のほうがコストが少なく、また利益にも大きくつながりやすいということです。
また、詳細は本サイトの別記事「SaaSの命運を分けるチャーンレートとは?計算方法と効果的な5つの施策」をご覧いただきたいのですが、あるビジネスにおけるチャーンレートが「-2.5%」であった場合と、チャーンレートが「5%」であった場合を比較した際、5年後に「MRRで約4倍の差」が生まれることが算出されています。
このことからも、MRRを改善するためには、Churn MRRにまず手をつけることが重要であると分かります。
まとめ
短期的な収益確保が難しく、長期に安定した収益を狙うSaaSビジネスにおいて、外部からの資金調達が今や欠かせない経営戦略の1つになっているといっても過言ではありません。
「現状の自社ビジネスに対して求められるKPIは何か?」を理解せずに、ただ数字を羅列しても、投資家から良い返事を引き出すことは難しいでしょう。
当然、投資家の反応だけではなく、長期的な目線で自社のビジネスを成長されるためにも各フェーズにあったKPIを設定し、課題の優先順位付けをしていくことが欠かせません。
MRRやQuick Ratioに限らず、自社のビジネスフェーズをあらためて理解し、重視すべきKPIを見直してみることをお薦めいたします。
サブスクリプションビジネスにおけるKPI設計については、以下のコラムもあわせてご覧ください。

