市場の成長が早いSaaS業界では、自社の成長を評価する体制を整え、次々と現れる競合他社に対抗していかなければなりません。
ビジネスの成長プロセスを定量的に評価するには、KPIの設定が有効ですが、SaaSの場合は業界特有のKPIが標準化されています。
本記事では、SaaS運営会社が注視すべき重要な指標を取り上げ、各指標の意味とビジネスの改善に役立てる方法を説明します。
SaaS事業を成長させるためのKPIテンプレート
SaaSのKPIが必要な理由
KPIは、Key Performance Indicator(重要業績評価指標)の略称であり、現状の把握、分析、適切な施策立案などに用いられます。
KPIは、業界・業種・事業内容などによって設定すべき項目が異なり、SaaS業界にも特有のKPIが存在します。
SaaSのビジネスモデルは顧客の継続利用を前提としているストック型であるため、継続率や解約率などのKPIが重視されます。SaaS業界に適したKPIを用いることで、将来的な業績の予測精度を高めることが可能です。
SaaSビジネスにおける最重要KPIとは
SaaSビジネスでは多くのKPIが用いられますが、自社のビジネスで何を重視するべきかを明確に定義し、KPIはできる限り絞ることをおすすめします。複数のKPIを同時に追うとリソースが分散してしまい、精度を高められない可能性があるためです。
SaaSビジネスにおいて最重要と考えられているKPIは、次の4つです。
- チャーンレート
- MRR
- LTV
- CAC
これらの指標を用いることで、今後の成長や収益などの予測が容易になることはもちろん、従業員の行動指針が明確になることで、ビジネス全体の向上にも寄与するでしょう。
ここでは各KPIの定義や重要な理由を説明します。
チャーンレート
チャーンレート(解約率)は、SaaSビジネスにおいて不可欠なKPI指標のひとつです。継続的かつ安定的な収益の確保やサービス改善のヒントとなる指標であるため、サービスの継続利用が収益に直結するSaaSビジネスにおいて重要視されています。
また、解約の原因を追求してサービス改善のヒントやサービス向上につなげるためにも、チャーンレートが適正であるかを把握しておかなければなりません。
チャーンレートには、顧客の離脱率を測定する「カスタマー・チャーンレート」と、収益の減少率を測定する「レベニューチャーンレート」の2種類があります。
レベニューチャーンレートは、収益の最適化を目指すのであれば必ず追う必要があるKPIであり、さらに次のように区分されます。
- グロスレベニューチャーンレート:解約やダウングレードなどによる損失金額から算出した解約率
- ネットレベニューチャーンレート:損失金額にアップグレードなどによる増益分を加味した解約率
MRR
MRR(Monthly Recurring Revenue)は、月間経常収益を示すKPIです。
この指標はビジネスの状況に変化がなければ同じ額で推移します。そのため、MRRが前月よりも増大しているときは、ビジネスの成長性が見込めると判断できます。
MRRは毎月発生することが確定している売上を指すため、サブスクリプションモデルを採用しているSaaSのビジネス規模を把握する上で活用されます。
買い切り型のビジネスモデルや、定期的に発生する収益源をもたないビジネスでは重要視されない指標です。
LTV
LTV(Life Time Value)は「顧客生涯価値」の意味をもつKPIです。一人の顧客が生涯を通して企業にもたらす利益の平均値を示します。
LTVの計算式には収益率や平均収益(ARPA)の要素が含まれるため、収益性を正確に把握するうえで役立ちます。
収益率が高いとLTVの数値も大きくなり、逆に、LTVが想定した値より低い場合は、顧客満足度向上やサービスの改善が必要であると知るきっかけになります。
CAC
CAC(Customer Acquisition Cost)は新たな顧客を創出するためにかかった費用を示すKPIです。
この指標は、新規顧客を効率的に創出するマーケティングチャネルの見定めや、顧客1人あたりの採算性を表す「ユニットエコノミクス」を把握するのに役立ちます。
創業して間もない企業にとって顧客の創出は何よりも優先すべき課題です。CACレートをきちんと定量化することで、自社の成長を管理し、顧客創出プロセスの有効性を正確に評価できるようになります。
SaaSのKPI一覧
SaaSのKPIを、成長性・効率性・継続性の3つの観点で分類しました。それぞれのKPIが持つ意味や計算方法を見ていきましょう。
SaaSビジネスの成長性の指標となるKPI
まずは、SaaSビジネスの成長性の指標となる、次の8つのKPIを確認しましょう。ここでは、各KPIが何を測るための指標であるかという点と、計算式や活用方法などを解説します。
- MRR
- ARR
- CMRR
- Quick Ratio
- エクスパンション
- ARPA
- ASP
- ニューMRR
1. MRR
MRR(月間経常収益)は、SaaSビジネスによって毎月発生する収益を示し、ビジネス規模の把握に役立ちます。
なお、期末と期首のMRRを比較することで、MRRの成長率も求められます。
2. ARR
ARR(Annual Recurring Revenue)は年間経常収益のことで、SaaSビジネスから得られる年間収益を知るためのKPIです。MRRに12か月をかけて算出します。
ARRの成長率も、MRRと同様に求められます。
3. CMRR
CMRR(Committed MRR)とは、1年契約などの長期契約によって確約されているMRRのことです。CMRRの成長率を算出することで、売上予測に役立ちます。
4. Quick Ratio
Quick Ratio(当座比率)は、一定期間内に増加したMRRと減少したMRRの比率です。継続的な収益が見込めるかどうかを判断するためのKPIとして用いられます。
※ニュー MRR:新規顧客の増加で獲得したMRR
※エクスパンション MRR:既存顧客のアップセルまたはクロスセルで得たMRR
※チャーン MRR:解約で失ったMRR
※ダウングレード MRR:既存顧客のダウングレードによって失ったMRR
5. エクスパンション
エクスパンションは、既存顧客の契約内容のアップグレードによる増収を示すKPIです。
MRRエクスパンション率は前月と比較したMRRの成長率であり、次の計算式で求められます。
6. ARPA
ARPA(Average Revenue Per Account)は、1アカウントあたりの平均収益です。アカウント収益の質を知るためのKPIといえます。
7. ASP
ASP(Average Sales Price)は、新規顧客1人あたりの平均収益です。ひとりの新規顧客から得られる収益の質を測るKPIであり、LTV(顧客生涯価値)を把握するためにも有効です。
8. ニューMRR
ニューMRRは、新規顧客の増加によって得られるMRRのことです。今後の収益の見通しに活用できるため、ビジネス創業時期に注視すべきKPIのひとつです。例えば、月間のニューMRRは次の計算式で求められます。
SaaSビジネスの効率性の指標となるKPI
続いて、SaaSビジネスの効率性の指標となるKPIを7つ紹介します。ビジネスへ投入した費用に対して、どれほどの収益をあげられているかを確認するために役立ててください。
- CVR
- CLV・LTV
- CAC
- ユニットエコノミクス
- CACペイバックピリオド
- バーンレート
- ランウェイ
1. CVR
CVR(Conversion Rate)は「顧客転換率」や「成約率」の意味をもち、見込み客が新規顧客へ変化した割合を測るためのKPIです。CVRを用いると、顧客創出の効率性を測ることができます。
2. LTV
1人の顧客の契約期間内にもたらされる収益の平均値であるLTVは、SaaSビジネスの収益性が適正であるか判断するためのKPIです。
LTVは、1人の顧客に対してどの程度のコストをかけられるかを算出するためにも活用できます。
3. CAC
CACは顧客創出単価のことで、マーケティングコストや営業コストが適正かどうか判断するKPIです。
同様の意味をもつKPIとして「CPA」もありますが、CACは主に自社サービス全体の顧客創出単価を指し、CPAはWeb広告など特定の施策での顧客創出単価を指します。
4. ユニットエコノミクス
ユニットエコノミクスはLTVとCACの比率のことであり、顧客1人あたりの採算性を測るためのKPIです。SaaS業界では、一般的にLTVがCACの3倍以上あれば健全な状態とされています。
5. CACペイバックピリオド
CACペイバックピリオドとは、CAC(顧客創出単価)の回収期間を意味します。
CACの回収にかかった期間は、自社のビジネスに対して顧客が利益をもたらし始めるまでの期間と言い換えることもできます。この値は、ビジネスの成長に伴って徐々に減少していくのが理想的です。
6. バーンレート
バーンレート(資金燃焼率)は、1か月にかかっているコストの割合を示すKPIです。運営資金を使い切るまでに、あとどれくらいの期間が残っているかを把握するために用いられます。
バーンレートには次の2種類があり、ネットバーンレートを指標とするのが一般的です。
- ネットバーンレート:総コストから収入を差し引いたコスト
- グロスバーンレート:1か月にかかっている総コスト
7. ランウェイ
SaaS業界におけるランウェイは、資金が底をつくまでの猶予期間を意味し、資金繰り状況を把握するために必要なKPIです。
SaaSビジネスの継続性の指標となるKPI
SaaSビジネスを続けていけるかどうかを見極めるためには、継続性も知る必要があります。ここでは、継続性の指標となる10のKPIを紹介します。
- チャーンレート
- レベニューチャーンレート
- コントラクション
- CRR
- NRR
- AU
- NPS
- NRS
- RFV
- DAU/MAU
1. チャーンレート
チャーンレート(解約率)は、一定期間内に自社のサービスを解約した人の割合を示すKPIです。
顧客の減少を示す「カスタマー・チャーンレート」の計算式は、次の通りです。
2. レベニューチャーンレート
レベニューチャーンレートは売上高からみる解約率のことで、収益の減少率を測定できます。レベニューチャーンレートは、増収を考慮するかどうかによって、さらに2つに分けられます。
- グロスレベニューチャーンレート:解約やダウングレードなどによる損失金額から算出した解約率
- ネットレベニューチャーンレート:損失金額にアップグレードなどによる増益分を加味した解約率
3. コントラクション
SaaSビジネスにおけるコントラクションは、一定期間中の損失金額のことです。契約内容のダウングレードによる減収を意味します。
コントラクションを月単位で集計したものは、コントラクションMRRと呼ばれます。
4. CRR
CRR(Customer Retention Rate)は、一定期間内の顧客維持率を示すKPIです。リテンションとは「継続」の意味をもち、CRRは顧客満足度(CS)調査にも用いられます。
5. NRR
NRR(Net Revenue Retention)は売上継続率のことで、一定期間内における既存顧客からの収益の増減を示すKPIです。
翌期や翌年の売上予測に用いられ、NRRが100%以上であれば継続的な売上が見込めると判断できます。
6. AU
AU(Active User)は活動顧客を意味し、サービスを利用しているユーザー数の把握に用いられるKPIです。
SaaSビジネスの成長のためには、ユーザーへ積極的にサービスを利用することを促し、効果を実感してもらい、満足度を高めてLTV向上やロイヤルカスタマーへと醸成していく必要があります。AUは、ユーザーの利用状況を把握するうえで有効です。
7. NPS
NPS(Net Promoter Score)は顧客推奨度のことで、顧客ロイヤルティを測るためのKPIです。顧客がサービスに対してどの程度愛着を持っているかを測る指標となります。
NPSは、「サービスを他の人へおすすめしたいか」などのアンケートを実施し、回答者全体に占めるサービス推奨者の割合から、批判者の割合を指し引いて算出します。
8. NRS
NRS(Net Repeater Score)は顧客継続度のことで、顧客がサービスの継続利用をどの程度望んでいるかを見極めるのに役立つKPIです。
「1年後もサービスを利用したいと思うか」といったアンケートを実施し、継続希望者の割合を求めます。
9. RFV
RFVは顧客のエンゲージメントを測るKPIで、「Recency(直近の利用状況)」「Frequency(利用頻度)」「Volume(利用量)」の3つのスコアを組み合わせて評価・分析するためのものです。
それぞれの計算式は次の通りです。
- Recencyスコア = 現時点の日付 - 最終利用日
- Frequencyスコア = 利用日数 ÷ サービスの利用期間
- Volumeスコア = 利用時間 ÷ サービスの利用期間
サービスを契約していたとしても、RFVスコアが低いと顧客は利用価値を感じていない可能性があるため、スコアに応じたアプローチ方法を検討する必要があるといえます。
10. DAU/MAU
AUの計測方法には、DAU(1日あたりのアクティブユーザー)とMAU(1か月あたりのアクティブユーザー)の2種類があり、DAU ÷ MAUの計算式でサービスの利用度合を測ることが可能です。
自社に適したKPIの指標管理でSaaSビジネスの効率的な成長を目指そう
SaaS業界には、重要指標といわれるKPIだけでもかなりの数があります。リソースを抑えて効率的に指標管理を進めていくためには、自社のビジネスで何を重視するべきかを明確に定義し、測定するKPIをできる限り絞ることをおすすめします。
自社の状況から、今重視するべきKPIを常に考え、将来予測やビジネスの改善に役立ててください。